大碓命・小碓命は仲の良い兄弟・・・??

『古事記』のヤマトタケル&大碓命とはまたちがった兄弟像が描けます。(kaori)

『古事記』ではヤマトタケルの悲劇は、兄の大碓命を殺害するような性格を、父の景行天皇が恐れた、というところから始まります。

その殺し方も、その後の出雲タケルに対するだまし討ちのように、ヤマトタケルの残虐性を際立たせる描写です。

一方『日本書紀』では、兄殺しの話はなく、大碓命は東征を命じられるも、怖気づいて草の中に逃げ込むという、情けない青年に描かれています。

さて、岐阜県美濃地方の山県市、この辺りは武儀郡といい、大碓命の子孫の牟義都君といわれる氏族の本拠地でした。

ここの清瀬神社には大碓命、垣野神社には日本武尊すなわち小碓命が祭られています。

垣野神社の社伝によると、日本武尊は東征の命令が大碓命に下されたので、この地に住んでいた大碓命にその命令を伝えに来たのですが、大碓命が自分はその器ではないと辞退され、かわりに日本武尊がその任を負われたと伝えられています。

父天皇の召し出した女性を寝取った兄を、ここにかくまったという伝えもあるようです。

そして、東征の後も日本武尊はこちらに立ち寄り、人々の生活を脅かす伊吹山の神をここから討ち取りに出かけ、帰らぬ人となったとされています。

伊吹山は美濃と近江(滋賀県)の国境ですから、尾張(名古屋)から出発したとする『古事記』『日本書紀』より古い伝えと考えられます。

そして、この二つの神社では、毎年4月に双方から御旅所に神輿を出し、大碓命・小碓命に村の人々が芸能を奉納するようです。

1600年ののちもこの2人は、ともに会って芸能を楽しむ仲の良い兄弟・・・
伊吹山からの位置といい、こちらがもともとの伝承のような気がします^^

(大阪府在住 水無瀬ゆうさんより)

yurinより返信コメント

垣野神社・清瀬神社の伝承や芸能、とても興味深いです。

ヤマトタケル兄弟にちなむ芸能があるなんて、ぜひ行ってみたいです。