旧石器時代から黒曜石を使っていた日本人

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こんにちは!yurinです。

シルクロード研究の大家の長澤和俊氏は、「シルクロードの始まりは“玉の道”であった」と言っています。

古代において特に貴重な石は「玉」として尊ばれたのです。

 

世界の尾根のパミール山脈をはさんで、東に崑崙(こんろん)山脈の玉(ぎょく=軟玉ヒスイ)があります。

日本の糸魚川のヒスイより柔らかい薄緑の石で、中国ではさまざまに加工されて権威の象徴として保持されたのです。

王の遺体の全身を、玉の板でつないで覆ったりもしました。

「金縷玉衣(きんるぎょくい)」と呼ばれています。

日本の始まりに黒曜石

漢の国では、皇帝や高級貴族が葬られる時、金の糸でつないだ玉(ぎょく)の板で、遺体の全身を覆う、埋葬がなされたのです。

玉(ぎょく、軟玉ヒスイ)2012年の北京オリンピックのメダルにもなっていました。

西にはアフガニスタンのヒンズークシュ山脈から流れるアムダリア上流のラピス・ラズリは、古代人を魅了した「歴史の石」でした。

エジプトやメソポタミアの王の冠や首飾りを金とともに彩ったのです。

 

そしてアフリカに誕生したホモサピエンスが、3万5千年前に、はるばる日本へたどりついて利用したのが、黒曜石だったのです。

黒曜石の原産地は、世界でも限られた場所だけにありますが、日本の歴史の始まりから利用された黒曜石にかぎりないロマンを感じる方はたくさんいるのでしょう^^

 

東京国立博物館の『縄文展』の神子柴(みこしば)の石器、美しかったですよね。

神子柴石器(浅間縄文ミュージアムにて)

長野県の野辺山高原にある矢出川遺跡の黒曜石は、蛍光X線分析によると、なんと!長野県産の黒曜石ばかりでなく、伊豆の神津島産の黒曜石が多数あったことが判明しています。

黒曜石をたずさえて、日本へ渡ってきた人々がいたのでしょうか?

それとも本州から海を越えて、神津島へ黒曜石を採取に舟を漕ぎだした人々がいたのでしょうか?

父系の遺伝子は南方の人々の類似性がみられるようですし。

 

今は、南方から海を渡って来た人々を考証する、航海実験も進展しているようです。

最新の科学に導かれて、いっそうロマンがかきたてられるのが黒曜石をめぐる歴史です。

ヒスイから黒曜石へ

縄文ヒスイの原産地の地名は、日本の上代古典に「ぬなかわ」として記され、女神さま・天皇・将軍のお名前になっています。

畿内大和でヒスイが尊ばれ、盛行するのは、古墳時代の前期です。

この時代までの皇族や女神さまのお名前を伝えたものとみられます。

 

そのヒスイの女神の奴奈川(ぬなかわ)姫と、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)の御子が建御名方命(たけみなかたのみこと)です。

建御名方命(たけみなかたのみこと)は、高天の原の勢力の武甕槌命(たけみかづちのみこと)に追われて、「洲羽海(すわのうみ=諏訪湖)」の地にたどりつきました。

「ここから出ない」という約束で許されました。

 

なんと諏訪の神さまの化身とされる諏訪大社の大祝(おおほうり)は、そのご子孫までが約束を守って諏訪郡外へ出なかったのです!

なんという誠実なお人柄でしょう!

世界史を見渡すと、約束は破るためにある、みたいな話しばかりで、ウンザリしませんか(大汗)?

 

諏訪の神さまとそのご子孫の「勇武と誠実さ」は朝廷に認識されて、鎌倉時代の「元寇」という国難に際して、ついに「日本一の軍神」として尊崇されるほどになっていたのでした。

勇武で誠実な神様を先祖としてもっていることは、日本人として実に誇らしいですね。

 

実は建御名方命(たけみなかたのみこと)が、諏訪へ入った時に、地元の伝承では、すでに先住していたという「洩矢神(もれやのかみ)」のいう神様がいたことがわかります。

 

そして、諏訪大社の社地や祭祀場になる八ヶ岳は、旧石器時代から黒曜石の原産供給地なのでした。

諏訪大社の起源も、はるか悠遠の時代にさかのぼるのではないでしょうか?

 

日本画家の川崎日香浬先生は、顔料を作り出すために、数々の歴史の石を使用されました。

日香浬先生が使用された鉱物の一つ一つに、人間の歴史が関わってくるように思われてきます。

ついに『古事記』の洲羽海(すわのうみ=諏訪)の記述から、旧石器の黒曜石の時代まで、入り込んでしまったのでした(大拍手)

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