草薙剣に由来!?大阪市の地名「放出」

地名の由来が「草薙剣」に因んでいるかも!?という興味深いお話を教えていただきました。(kaori)

「放出」は何と読むでしょう?

答えは「放出=はなてん」。難読地名として有名です。

場所は大阪府大阪市にあります。

放出の地名の由来には2説あり、ひとつは「はなちてん」の地名がなまって「はなちてん→はなちで→はなてん」になった説。

古代の大阪は内陸部が湖になっていて、この地付近は湖水が旧淀川への放出口「はなちてん」になっていたらしいです。

もう一つの説は、天皇の位を象徴する「三種の神器」のひとつ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」に由来していると言われています。

草薙剣は、日本武尊が東国征伐の際、伊勢神宮にいらっしゃった叔母・倭姫命(ヤマトヒメノミコト)より授かり東国征伐に同行された剣です。

日本武尊は東征の帰路に尾張国で尾張国造の娘・宮簀媛(ミヤズヒメ)を娶られ、伊吹山の荒ぶる神を退治に行く際に、草薙剣を宮簀媛の家に残して征伐に出かけられました。

日本武尊は三重県能褒野でお亡くなりになりましたが、草薙剣は宮簀媛と尾張氏が祀り続け、これが熱田神宮(愛知県名古屋市)の創始と言われています。

天智天皇7年(668年)、新羅の僧・道行が熱田神宮から草薙剣を盗み、新羅に持ち帰ろうとし船で難波の津を航行中、大嵐に巻き込まれ、旧淀川河口の当地あたりまで船が戻されました。

道行は大嵐をご神罰なりと恐れて、草薙剣を河口に放り投げ逃げだしました。

草薙剣は村人により拾われ、現在の阿遅速雄神社に一時納められたのが阿遅速雄神社(大阪府大阪市)の創始と伝えられています。

このことから、「放出(はなてん)」の地名がついたと言われます。

草薙剣はその後、宮中に戻されましたが、朱鳥元年(688年)、天武天皇が病でうなされ「草薙剣を熱田に戻さない祟り」と夢でお告げがあったので、草薙剣は熱田神宮に移したそうです。

現在でも、阿遅速雄神社と熱田神宮は例祭日にはお互いに参列する慣習が続いているそうです。

(東京都在住 ことしろさんより)

yurinより返信コメント

大阪の”はなてん”は初めて聞いた地名です。ですが一度聞いたら忘れ難い地名になりそうです!

しかもヤマトタケルの草薙の剣に因んでいるなんて、驚きです。

実は、草薙の剣が盗まれた話しは、福岡の鞍手郡鞍手町古門(ふるもん)の古物神社に

道行が盗んだ剣が、この地へ落ちた。剣が返された後も、そこに神霊が残っていたので、お祭りした。

という、伝承があって知りました。

物部氏ゆかりの「ふる」地名の地と神社で、スサノオノミコトに遡る伝承もあります。

周辺は剣神社がほかにもあって「十握剣(とつかのつるぎの)の信仰圏」をなしているそうです。

日本武尊を祭る八剣神社をはじめ、ゆかりの神社が、遠賀川の両サイドにありました。

昔の流れは、今とちがっていたという話しもあります。

筑紫まで、盗まれた草薙の剣がやってきた、というのは、作り話しじゃないかともされていました。

ことしろさんのお話しを伺い、確かに難波で草薙の剣は、戻ったのに、わざわざ筑紫に草薙の剣がきた、ということにまでなったのは、なぜかしら?

そんなことを考えます。

阿遅速雄神社と熱田神宮の祭礼に、それぞれ参列するなんて、実に真実味ありますね。

貴重なお話しをありがとうございましたd(^-^)!