田心姫に八万点の国宝を捧ぐ~天照大神の血をひく御子神たちの苦難の道~

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こんにちは!yurinです。

2016年3月に、大国主命の妻の八上姫のふるさと、鳥取市河原町で「大国主命の妻たちのサミット~古代日本海文化圏の交流~」のシンポジウムが行われ、講師として参加しました。

このシンポジウムでは、『古事記』『日本書紀』を手がかりに、地元に残る神話・伝承・信仰などを加えて、女性講師陣が、姫たちへの熱い思いを托して語りました。

田心姫のふるさとは筑紫の国

大国主命の妻の中でも、私は宗像三女神の田心姫(たごりひめ)について語りました。

宗像三女神の田心姫(たごりひめ)は、『古事記』に大国主命の妻である、と書かれているのですが、その他のことはよくわかっていません。

ですが、田心姫の故郷の筑紫の国には、地域を象徴する代表的な山河に、天照大神の一族が祭られていて、それは驚くほどです。

その中の遠賀川流域の英彦山や六ヶ岳に、大国主命とともに宗像三女神の降臨伝承がありました。

宗像三女神が降臨した六ヶ岳(福岡県宮若市)

そして宗像大社の辺津宮、中津宮、沖津宮に三女神が祭られています。

でもそれだけで、田心姫を語るのでは、人生が見えてこないし、ドラマ性に欠けてしまいます(大汗)

宗像大社 田心姫を祭る第三宮

実は宗像三女神をお祭りする宗像大社では、大国主命と田心姫をいっしょにお祭りしていません。

二神の夫婦関係をアピールしていないのです!?

それで不安になって(田心姫を語るのに失礼があっても恐れ多いですし)、英彦山神宮の神職の方にお話しをお伺いしてみました。

宗像三女神と大国主命の伝承を伝える英彦山神宮

「神話の解釈はいろいろありますし、神社で何を祭神にするかもそれぞれです。

うちの神社では、大国主命と宗像三女神は宇佐の方から降臨した、という伝承があるので、お祭りしています。」

とのご教示をいただけました。

それで安心して、大国主命の妻としての田心姫を、お話ししてみようと思えたのです。

英彦山神宮

こうしたいきさつから、筑紫と出雲の葛藤、一時期は筑紫を圧倒するような大国主命の勢力の大きさも感じるものがあったのです。

 

そして幸いにも『古事記』『日本書紀』の神話で、その大国主命と田心姫の御子の味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)、下照姫(したてるひめ)については、物語を記しています。

御子たちは、大国主命の子としてアピールされていますが、母は田心姫です。

そのように意識して、神話と向き合うと、この二人の御子神たちこそ、高天の原と出雲の葛藤の中心にいるようも読み取れてくるのでした。

大国主命の正妻の須勢理姫に御子がいない中での、後継者を巡る葛藤です。

それが神話の記述に反映されているようです。

三女神が降臨した高宮斎場

宗像大社辺津宮

天照大神の御子神たちの苦難の道

さらに味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)、下照姫(したてるひめ)の伝承は、筑紫や出雲から遠く離れた岐阜県の方へもおよんでいました。

神話の中にチラリとでてくる、美濃の国の喪山伝承です。

下照姫の夫となる天若日子(あまのわかひこ)は、高天の原から派遣された使者でした。

二人は結婚して幸せな生活を送っていたのです。母の故郷の若者で、お似合いのカップルです。

 

ところが、高天の原の高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)は、天若日子は、出雲の大国主命に媚びて、8年も連絡してこないことから、「裏切者」として刺客を放ち、若日子を殺させてしまうのでした(泣)

「天の若日子の妻、下照姫の泣く声が、風とともに高天の原にまで届いた」

と『古事記』にあります。

高天の原では、天若日子の葬式が行われて、下照姫の兄の味耜高彦根(あじすきたかひこねの)は、はるばる筑紫を訪れました。

母に会えると思ったかもしれません。

 

天若日子(あまのわかひこ)の一族は、見間違えて取りすがるのですが、味耜高彦根は怒って、剣で天若日子(あまのわかひこ)の喪屋を投げ飛ばした、というのです。

味耜高彦根が怒ったのは、死者の穢れが及ぶのを恐れたのです。

もしかしたら筑紫の人々の対応が冷たかったのかもしれません。

やりきれない衝動が湧いたのでしょうか。

 

そして喪屋が飛ばされたのは「美濃の国の藍見(あいみ)の河上」と記します。

この話しは神話上の創作と思っていたのですが、ある時に岐阜県を訪れて、本当に天若日子のお墓とされる喪山神明社(岐阜県美濃市)があるのを知って驚きました!

式内社大矢田神社の摂社です。下照姫の一族が住んだ伝承もありました。

何よりも、付近には国の天然記念物になっているという3000本以上の楓(かえで)の原生林があって、下照姫の名を想起させます。

 

春の苑(その) 紅(くれない)におう 桃の花 下照(したてる)道に 出で立つ乙女
大伴家持(『万葉集』巻19 4139)

(春の庭園にあかあかと照り輝いている桃の花よ その木の下に立っている乙女の姿がなんとふさわしく美しいことでしょうか)

下照姫の「したてる」は、「あかあかと照り輝く」の意味で、なんともこの紅葉の大樹林にちなむ名称とふさわしいものに思えて来るのでした。

宗像三女神の田心姫の母としての思いを託して

……あれこれ考えますと、田心姫は、大国主命に嫁いだものの、次々と新たな妻を迎える夫のために、居場所を失い、高天の原に戻ったのではないでしょうか。

そして『日本書紀』にあるように、

汝(いまし)三(みはしら)の神、道の中に降り居(い)まして、天孫(あめみま)を助けて、天孫(あめみま)に祭られよ

(あなたがた三女神は、北の海の道中に降り、天孫(あめみま)を助けて、天孫(あめみま)からお祭りされるようになさい)

田心姫は、このような天照大神のお言葉どおりに、祭祀に人生をささげたように思えてきます。

出雲に残してきた子供たちは、高天の原からは裏切りものとされ、出雲の人々からも軽んじられてしまいます。

美濃へ追いやられて、不安定な人生を生きるしかなくなってしまったのです。

その遠く離れた御子たちに母としてのメッセージを届けたく、天照大神の娘としてのプライドをもって、沖ノ島の祭祀に生涯を捧げたのでないでしょうか……

 

第12代景行天皇の皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)は、父の命令に従い東国へ遠征します。

駿河の国での焼き討ちの受難を乗り越えて進軍し、いよいよ走水(はしりみず)の海を渡ることになります。

東京湾の浦賀水道です。

小さな海峡で油断もあったのか、人々の戒めを振り切って船を進めてしまうのですが、思いがけない暴風雨が襲ってきます。

 

神の怒りの鎮めるために、つき従った弟橘媛(おとたちばなひめ)は、人身御供(ひとみごくう)となって入水したのです(大泣)

現代の人から見れば、弟橘媛(おとたちばなひめ)が海に入らなくても、嵐は静まったと思いますが、当時の人々は、弟橘媛の犠牲こそが、神の怒りと嵐を鎮めたと考えたのです。

その後、弟橘媛は「東海の鎮め」となって、人々から幣帛(へいはく)が手向けられてきたのでした。

※幣帛(へいはく):神に供えるもの

弟橘媛を祭る橘樹(たちばな)神社(千葉県茂原市)

 

沖ノ島には、8万点という破格の神宝が捧げられてきました。


藤原新也氏「沖ノ島写真展」より

そこには終生を沖ノ島祭祀に捧げた女神の姿があったからではないでしょうか。

……田心姫の御子たちの神話の記述や地元の伝承を通じて、むしろ母の田心姫の姿が浮かんでくるのでした。

神武東征のヤタガラスと京都の上賀茂・下鴨神社

そして地元の伝承では、この美濃の一族の中から、神武天皇の東征を助けたヤタガラスがでた、という話もあるほどです。

大矢田の「やた」にちなんだ名称が「ヤタガラス」と。

美濃国の一の宮は南宮大社です。

南宮大社(岐阜県不破郡垂井町)

祭神の金山彦命は、神武天皇の軍勢が熊野から大和へ進むときに、八咫烏(やたがらす)を助けて道案内し、その功績によって、東山道の要衝に祭られるようになったそうです。

神武天皇の東征は、岐阜県の勢力を巻き込むような大動乱を制したようです。

1000年を超える王城の守護神となった京都の上賀茂神社・下鴨神社の祭神は、田心姫とゆかりの人々なのでしょうか。

8万点の神宝の意味も見えてくるようです。

 

『古事記』には、田心姫とその御子神について、次のように記します。

大国主(おおくにぬし)の神、胸形(むなかた)の奥津宮に坐(ま)す多紀理毘売(田心姫)を娶(めと)して生める子は、阿遅鉏高日子根(味耜高彦根)の神、次に妹高比売命(たかひめのみこと)、またの名は、下照比売命(したてるひめのみこと)。

この阿遅鉏高日子根(あじすきたかひこね)の神は、今、迦毛(賀茂)大御神(かものおおみかみ)というぞ

なんと、田心姫の子のアジスキタカヒコネこそ「賀茂の大御神(おおみかみ)ですよ!」と、太安万侶は主張しているのです!

『古事記』で「大御神(おおみかみ)」と敬われるのは、天照大御神と、「賀茂大御神」のアジスキタカヒコネだけです。

「高天の原の天照大神の子孫としての誇りを忘れないで」という母の願いは、かなったのではないでしょうか。

金鵄(きんし)ヤタガラスは、神武天皇以来の皇室の守護神として、燦然(さんぜん)と輝いています。

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