淡海三船の名前から伝わる天智天皇・額田王を思い慕う気持ち

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淡海三船(おうみのみふね)——
その名前から、彼の先祖への深い思いを感じてしまいます。

1.天智天皇の都を懐かしく思う

 琵琶湖は古く『古事記』では「近(ちか)つ淡海(あはうみ)」(淡水湖の意)と呼ばれ、
やがて近江(あふみ→おうみ)と呼ばれるようになりました。

近江(おうみ)=都に近い湖、琵琶湖
遠江(とおとうみ)=遠(とお)つ淡海(あはうみ)、浜名湖です。

淡海三船(おうみのみふね)の先祖の天智天皇は、
大和からはるばる、琵琶湖のほとりの大津に遷都しました。

 

近江(あふみ)の海(み) 夕波千鳥(ゆうなみちどり) 汝(な)が鳴けば
心もしのに 古(いにしえ)思ほゆ (『万葉集』巻3 266)

(近江の琵琶湖の夕暮れどきに、波に浮かぶ千鳥の群れよ。
お前たちが鳴くと、心に響いて、あの天智天皇の時代が偲ばれてきて、どうしようもない)

 

大津京は、壬申の乱で壊滅し、次の天武天皇は、再び飛鳥へ遷都。

天智天皇の皇女、持統天皇の時代の代表的な歌人、柿本人麻呂が、
数十年を経て、荒れ果ててさびれた大津京を訪れて、かつての天智天皇の往時を偲んだ歌です。

 

遷都すると、元の都は、あっという間に廃れてしまったようです。

はかないですね。

 

淡海三船は、その天智天皇ゆかりの「淡海(おうみ)」を姓にしています。

天智天皇が心血を注いで建設した都を、後世に伝えたかったのでは……

2.三船から額田王への思いも・・・

そればかりでなく、「三船(みふね)」もまた、
母方の先祖、額田王を慕う気持ちを感じさせるのです。

天智天皇が崩御されたとき、残された天智天皇の妃たちが、
悲しみをこめて歌った挽歌(ばんか)が、『万葉集』に残されています。

 

天智天皇は、実に複雑な婚姻関係のもとに生涯を送った方です。

乙巳(いっし)の変の後に非業の最後を遂げた、最大のライバルであった、
異母兄の古人大兄王(ふるひとおおえのおう)、
その娘が、天智天皇の皇后の倭姫王(やまとひめのおおきみ)です。

 

その倭姫王が、天智天皇を偲んだ歌

いさなとり 近江(おうみ)の海を 沖離(さ)けて 漕ぎ来る船

辺(へ)に付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂(かい) いたくなはねそ

辺(へ)つ櫂(かい)いたくなはねそ 

若草の 夫(つま)の 思う鳥立つ(『万』巻2 153)

(琵琶湖の中を 沖から離れて漕ぎ出して来る船よ
岸近く漕ぎ出して行く船よ 沖の船の櫂で、どうかあまり波を起こさないでくださいね
 
岸辺の船の櫂で、どうか波を起こさないでくださいね
あのお方が、いつくしんでいらした鳥たちが、飛び立ってしまうではないですか)

 

今の時代の私たちには、考えられないような、夫婦関係なのですが、
複雑な血縁関係の上にあった夫婦であっても、
倭姫王(やまとひめのおおきみ)の、天智天皇への思い感じてしまうのが哀れです。

 

そして額田王も、歌います。

かからむと かねて知りせば 大御船(おおみふね)
泊(は)てし泊(と)まりに 標(しめ)結(ゆ)はましを
(『万』巻2―151)

(こんなことになると、前からわかっていたら、大君(おおきみ)のお船が
泊まった港に、しめ縄をはってでも、決して出航させなかったものを)

 

現世から船に乗って、旅立っていこうとする、大君の姿。

淡海三船(おうみのみふね)という名前は、額田王が詠んだ
「大御船(おおみふね)」から、名前をいただいたように思えるのです。

 

3.若き日の天智天皇・額田王への思慕を重ねて

この時の額田王が詠んだ「大御船(おおみふね)」は、
まさに百済救援のために熟田津(にぎたつ)から、大船団を率いて堂々とした出航した、

若き日の中大兄皇子、のちの天智天皇を乗せた、
御座船(ござぶね)のイメージが、重なっていたのではないでしょうか。

 

……若々しいあの時の皇子さまのお姿こそ、永遠に私のまぶたに焼き付けています。

しっかりとしめ縄で、心に結んで、片時も話すことはないでしょう(涙)

……

 

熟田津(にぎたつ)に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎいでな (『万』巻1-8)

(熟田津(にぎたつ)で、船をこぎ出そうと、月を待っていると、
いよいよ潮の流れが良くなりました。さあ、今こそ出航の時です)

 

倭国の伝統の巫女的霊力を存分に発揮して、百済救援に向かう全軍を鼓舞した、
若き日の、額田王自身の姿も、蘇ってくるようです。

……

天智天皇、額田王の血筋をひく淡海三船(おうみのみふね)。

実に味わい深いお名前と思いませんか。

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