大国主命が求婚するヒスイの女神 奴奈川姫(ぬなかわひめ)【1】

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こんにちは、yurinです。

2016年9月、金沢大学で開かれた日本鉱物学界の総会で、日本の国石として「翡翠(ひすい)」が選定されました!

翡翠の文字は、もともと鳥のカワセミの美しい青色がもとになって、石の方にも「翡翠」の文字が用いられるようになったようです。

新潟県の糸魚川市では、今から5500年ほど前の縄文時代から、ヒスイの生産加工がなされて、東日本の各地へ運ばれたのです。

世界的に見ても、約3500年前のメソアメリカ(メキシコ周辺)のヒスイ文化より古く、日本は世界最古のヒスイ文化発祥地とされています。

ヒスイが生み出される北アルプス白馬連峰

1.縄文以来のヒスイ文化は日本人のものづくりの原点?

ヒスイは、鉱物学的には硬玉と軟玉に分類され、どちらもヒスイと呼ばれますが、中国のホータンの玉(ぎょく)は軟玉で、古くからさまざまな形に加工されて、珍重されてきました。

「日本の硬玉ヒスイ」は、より高度な加工技術が必要です。

まず海岸や川底の、シロウトの見た目にはヒスイとはわからない、白やグレーの無数の石の中から、原石を収集するのは相当の熟練が必要です(大汗)

そして糸魚川の工人たちは、加工が困難な硬玉ヒスイにチャレンジしたのです!

分割して、時間をかけて研磨し、ついにかつお節のような大珠(たいしゅ)勾玉の形を完成。

さらに首に下げられるように、紐を通す穴を開けたのです!スゴイことだと思います。

まさに日本人のものづくりの原点がここにあるようです。

やはり雪国の人の忍耐強い修練の賜物(たまもの)なのでしょう。

火焔土器、越後上布、漆器……古くからの雪国の特産品に加えて、加賀友禅、九谷焼、銘酒など現在の一級品まで……

「雪に閉ざされる」ということは、冬を乗り越える、あるいはその冬を利用する、という創意工夫の精神を生み出し、総合的に文化力を高めることにほかならない、と気づかされます。

温暖で平凡な自然の千葉県には、特別優秀な伝統工芸品も見当たらないので、心から感服してしまいます(拝)

2.『古事記』神話の奴奈川姫を日本画でロマンティックに再現

ヒスイは、縄文時代は東日本一円に運ばれたのですが、弥生時代になると一転して、西日本が優勢になります。

特に北部九州から豊富に出土します。

これらのヒスイ製品は、科学的に分析がなされて、すべて糸魚川産のヒスイと判明しているのです。

そのヒスイをお祭りするのが、「越(こし)の奴奈川姫(ぬなかわひめ)」です。

絵 川崎日香浬氏(公式サイトより)

※クリックで拡大します

何世代も奴奈川姫で象徴される祭祀王、巫女王がいたのではないかとみられます。

新潟県上越市にお住まいの日本画家の川崎日香浬先生は、古事記神話の奴奈川姫をロマンあふれる作風で描いていらっしゃいます。


『お諏訪さま物語』文・絵 川崎日香浬氏

西洋ではキリストをモチーフにした絵画が盛んに描かれるのとは対照的に、日本神話の神々が、ビジュアルとして絵画で再現されることは少ないです。

実は神話そのものが、平安時代の宮廷での講義や江戸時代の国学の盛んではあったものの、広く一般大衆に開放されたのは、第二次大戦後でした。

それ以前は、日本列島のそれぞれの地で、地元の人々によって神楽として伝わったり、語り継がれてきたりしてきた程度です。

 

日香浬先生は、「神さまに失礼があってはいけない」と、その地元の伝承や自然を丹念にたどり、日本の古典を熟読し、さらに博物館や美術館の考古学の発掘品を観察した上で、誠実に神話の世界を再現していらっしゃいます。

何しろ巷(ちまた)に出回る日本神話に関する絵画は、あまりにも粗野で浮世離れした神々や皇族方が目立って、ちょっとお気の毒すぎるようで……(大汗)

このように古典をモチーフとして多くの人々を魅了する、日本画家の先生が出てこられてこれほどうれしいことはないです(万歳)!

 

さて、ヌナカワヒメですが、古事記では「高志(こし)の沼河比売(ぬなかわひめ)」と書かれます。

延喜式』神名帳には「越後国頸城(くびき)郡 奴奈川(ぬなかわ)神社」とあるので、現地では「奴奈川姫」の表記が一般的のようです。

出雲国風土記には「奴奈宜波比売」(ぬながわ)」とあり、「か」を濁音で発音する呼称もあるようです。

★奴奈川神社の候補

『延喜式』の奴奈川神社の候補は地元に3か所あります。

糸魚川市一宮 奴奈川神社

糸魚川市田伏 奴奈川神社

糸魚川市大字能生 能生白山神社

3.出雲の大国主命と沼河姫の相聞歌

『古事記』神話の中で、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)は、高志(こし=越)の沼河姫(ぬなかわ姫)に求婚し、二人の間で交わされた歌謡が記されています。

八千矛(やちほこ)の 神の命(みこと)は 八島の国 妻枕(つまま)きかねて 遠遠(とおとお)し 高志(こし)の国に 賢(さか)し女(め)を ありと聞かして 麗(くわ)し女(め)を ありと聞こして さ婚(よば)いに あり立たし 婚(よば)いに あり通わせ 

太刀が緒(お)も いまだ解かねば 嬢子(おとめ)の 寝(な)すや板戸を 押そぶらい 我(わ)が立たせれば 引こずらい 我(わ)が立たせれば 

青山に鵼(ぬえ)は鳴きぬ さ野つ鳥 雉(きざし)はとよむ 庭つどり 鶏(かけ)は鳴く 心痛(うれた)くも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね 

いしとうや 天馳使(あまはせづかい) 事の 語事(こたりごと)も 是(こ)をば

(八千矛の神(大国主の命)は、出雲の周囲の八島の国のだけでは、ふさわしい女性が見当たらないと、遠い遠い越の国に、賢い女性がいるとお聞きになり、麗しい女性がいるとお聞きになり、求婚するために旅立たれて、求婚に通われました。
 
身に着けている太刀の紐も解かないまま、衣服の上着も脱がないまま、乙女が寝ている家の板戸を、押しゆさぶって立っていると、板戸を引きゆさぶって立っていると、森の方からは、鵼(ぬえ=トラツグミ)が鳴いて、野原からは、雉の鳴き声がして、庭では鶏も、夜明けを告げて鳴いてしまいました。
 
なんといまいましく鳴く鳥たちか、鳥ども、打ちたたいたら泣き止まないものか、空を飛ぶ遣いの鳥よ。
 
……このように語り伝えましょう。)

 

大国主命の求婚に対して、沼河姫はすぐには応じなかったようです。

さすがの大国主命も、空しく夜明けを迎えて焦っています(汗)

賢く美しいと評判の女性だったのでしょう。

大国主命が、熱心に越の沼河姫に求婚したのは、ヒスイの原産供給地を掌握するためであったとされます。

祭祀のさかんな出雲にとって、八尺瓊(やさかに)の勾玉と巫女王はどうしても、手に入れたい宝物でした。

 

つまりこの歌謡のやり取りは、出雲と越という古代の大国が結びつくまでの、政治的な歴史ドラマの追憶にほかならないと考えています。

ローマのシーザーとクレオパトラの出会いのような、壮大なロマンが、日本の古代にもあったのです!

つづく

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