こんにちは。Kaoriです。
9月に秋の古代史遠足「多摩川沿いの古墳と神社を歩く旅」を開催しました。
(秋の企画ですが投稿が12月になってしまいました…)
今回の遠足は、東京の住宅街のすぐそばにある古墳群や神社をめぐりながら、古代の地形や当時の歴史を体感&妄想する旅。
今回は私を含めて10名の遠足です。
目次
関東最大級の帆立貝形古墳・野毛大塚古墳
今回の遠足の集合は東急大井町線・等々力駅。朝の空気には秋らしさがありましたが、歩き始めるとすぐに汗ばむほどの陽気でした。
それでも、等々力渓谷の緑と時折吹く風が心地よく、まさに“古代史日和”のスタートです。
等々力不動尊を経由して最初に訪れたのは、野毛大塚古墳。

野毛大塚古墳は、国分寺崖線上の高台、上野毛から尾山台にかけて広がる野毛古墳群のなかで最大規模の古墳です。平成元~4年に行われた発掘調査によって、古墳の形は帆立貝形古墳(全長82メートル、後円部直径67メートル、高さ11メートル)で、同種の古墳として関東では最大級の規模を誇っています。
世田谷区>東京都指定史跡 野毛大塚古墳より引用
https://www.city.setagaya.lg.jp/02059/3468.html

5世紀初頭に築造されたとされ、関東地方では最大級の帆立貝形古墳です。
帆立貝形古墳とは、前方部が小さく後円部が大きく強調された形状の古墳で、前方後円墳の一種とされます。

(赤い線で古墳の輪郭を描いてみました)

青空とのコントラストが美しく、古墳全体を眺められる80~100メートル級の古墳は、やはり迫力があります。
野毛大塚古墳は登ることもでき、墳丘から前方部を見下ろすとそのスケールをより実感できます。

等々力渓谷3号横穴の石碑を見て、次の目的地へ
ランチの後は、渓谷公園内にある「等々力渓谷3号横穴」の石碑へ。

現在は倒木の影響で通行止めになっているため、今回は石碑のみの見学となりました。
横穴そのものはまた次の機会に。

ここから駅へ向かい、電車で次の目的地へ移動します。
地域最古の前方後円墳・宝莱山古墳へ
続いて訪れたのは、宝莱山古墳。
全長97メートル、4世紀に築かれたとされる、この地域で最古の前方後円墳です。

宝莱山古墳は、多摩川下流域左岸の台地上、標高三十七・五メートル付近に築造された全長約九十七メートルの前方後円墳で、四世紀に築かれたこの地域最古のものである。
説明版より引用
出土品のレプリカは、多摩川台公園内の古墳展示室で見ることができます。
宅地造成の影響で後円部の大部分が削られ、墳丘は崩れていますが、現在も前方部から後円部にかけての形をたどることができ、実際に登ることも可能です。

宝莱山古墳を後にし、多摩川台古墳群を通りながら古墳展示室へ向かいます。
多摩川台公園の古墳展示室を見学
古墳展示室の外観と入口付近はこんな雰囲気です。


展示室内は個人利用のみ写真撮影OKとのことでブログでは掲載を控えますが、展示室に入るとすぐに復元された前方後円墳の模型が目に飛び込んできます。
また、田園調布古墳群から出土した大刀・勾玉・埴輪などのレプリカも展示されており、コンパクトながら見ごたえのある内容です。
展示室をじっくり楽しんだ後は、亀甲山古墳を横目に見ながら、本日最後のスポットへ向かいます。

多摩川浅間神社で古代の景色を想像する
最後に訪れたのは多摩川浅間神社。
階段を上っていくと本殿があり、祭神は木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。富士山信仰と結びつき、全国に広がる浅間神社のひとつです。

境内には見晴台もあり、高台に建つ社殿からは多摩川を一望できます。


古代の人々もこの場所からどんな風景を眺めていたのだろうと想像がふくらみます。
歩いて、語って、古代の空気も楽しむ
遠足ではいつも歩きながら自然と古代史トークが始まります。
「前方後円墳って、なんであの形なの?」「円墳と前方後円墳の違いって、権力構造に関係ある?」「浅間神社の祭神って、どんな神様?」などなど、好奇心が止まりません。
今回は13,000歩以上歩きました。
古代史遠足は、ただ歩くだけじゃなく“古代の空気を感じる”ことができる特別な時間。
同じ興味を持つ仲間と語り合いながら、地形や祈り、権力のかたちを体感する旅は、心も体もリフレッシュできるひとときです。
また遠足を企画しますので、どうぞお楽しみに!














