国宝土偶と縄文土偶の種類-テディベア土偶が語る縄文の昔話【1】

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こんにちは!しむちゃんナウです。

土偶には、大きくて神々しいもの、小さくお守りのようなもの、頭・胴・脚・足などバラバラなものなど様々な土偶があります。

特に手の平サイズの可愛らしい土偶に出会い、土偶の魅力の虜になりました。

 

同時に、縄文人はどんな思いや祈りを込めたんだろう?土偶の生きた時代・地域・生活環境(特に気候と生業)はどんなだったんだろう?などの疑問が次々に湧いてきました。

テディベア土偶とご一緒に縄文ワールドをバーチャルトリップしましょう!

長野県から山梨県に広がる仮面土偶

テディベア土偶
テディベア土偶
私はテディベア土偶!みなさんを縄文ワールドにご案内します!
テディベア土偶[富士見町大花遺跡出土、井戸尻考古館蔵]

テディベア土偶[富士見町大花遺跡出土、井戸尻考古館蔵]

 


こちらは本物!ふかふかでキリっとしていました。丸善日本橋店の「テディベア展」で出会いました。

 

縄文時代の土偶一族のお話をしたいと思います!!

テディベア土偶は、20世紀の末に掘り出されてから井戸尻考古館に大切にされています。

縄文時代後期に大花遺跡(長野県富士見町)という所で生まれたようで、掘り出されるまで4,000年くらい地中で眠っていたことになりそう!?

 

生まれる前(縄文中期末~)は冷涼化してすごく寒かったみたいですが、生まれた頃(縄文後期)は温かさが戻って現代と同じくらいの平均温度になりだいぶ暮らしやすくなったようです。

私はテディベアにそっくりと言われますが、仮面土偶の一族で、中部高地(長野県~山梨県)中心に広がった有力な一族だったようです。

 

どうして仮面をつけているかですか?

それは後でお話しすることにして、土偶一族の遠い遠いご先祖様がいつ頃どこで生まれて、どんなふうに広がってきたか?どんな役割を果たしてきたか?子孫たちがどうなったか?などなど、いろいろなお話しをしてみたいと思います。

今回は土偶の種類と背比べについてです。

国宝土偶と土偶の種類

テディベア土偶
テディベア土偶
国宝土偶を紹介していきます!

国宝になっている土偶は5体あります。

  • 縄文のビーナス
  • 茅空(かっくう)
  • 合掌土偶
  • 縄文の女神
  • 仮面の女神

国宝土偶

縄文のビーナス:1995年指定、棚畑遺跡、尖石縄文考古館蔵
中空土偶茅空:2007年指定、著保内野遺跡、函館市縄文文化交流センター蔵
合掌土偶:2009年指定、風張1遺跡、八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館蔵
縄文の女神:2012年指定、西ノ前遺跡、山形県立博物館蔵
仮面の女王:2014年指定、中ツ原遺跡、尖石縄文考古館蔵

 

数千年前にできたなんてとても思われませんね。

テディベア土偶
テディベア土偶
どれもステキ!!不思議な魅力がありますね。

 

同時にたくさんの疑問もあります。

「いろいろな土偶があるのはなぜ?」
「土偶はどこで見られる?」
「土偶ってどう作るの?」
「いつからあるの?」
「流行ってあるの?」
「どう変わっていくの?」
「そもそも土偶って何?」
「土偶はどう使われていたの?」
「バラバラで見つかることが多いのはどうして?」

気になることがたくさん。あなたはどうですか?

 

初めにどんな種類(タイプ)の土偶があるか、見ていただきましょう。


※クリックで拡大します

かわいい土偶や頼もしい土偶から芸術的な土偶まで、タイプ分けしてみると土偶にはたくさんのタイプがあることがわかりますね。

 

土偶の画像を少し大きくして紹介します。

土偶

土偶

土偶

土偶

いろいろな土偶一族がいます!

テディベア土偶
テディベア土偶
縄文時代を通じて、どうしてこんなに違うのか、興味が尽きませんね!

土偶が現れる時期と地域

次に時期や地域別にどんな土偶一族が広がっていたか、見てみましょう。

いろいろな魅力ある土偶一族のご先祖さんは縄文時代草創期に現れて、早期、前期、中期、後期、晩期と縄文時代全体を通じて続きました。

縄文時代は獣を獲ったり、山菜や果実を採ったり、魚や貝を捕ったりして食事をしていた時代です。

自然資源を相手に上手に生活していたのです。<狩猟・採集・漁労の生活>

 

土偶一族の種類や数は草創期・早期はとても少なかったのですが、温暖化が進んだ前期に増え始めました。

中期になると東日本中心に爆発的に増え広がりましたが、中期末には気候が寒冷化し絶滅しそうになった時もありました。

東北の方で辛うじて生き残って後期には繁栄を取り戻し西日本にも広がりました。

テディベア土偶
テディベア土偶
時期によって増えたり、減ったり。絶滅の危機もありました・・・

 

そして、その繁栄は晩期にも続き、やがて新しい生業の暮らしにも引き継がれつつ変容していきます。

 

その後、水田稲作という新しい技術がもたらされ西日本の方から500年かけて日本中に少しずつ世の中が変わっていきました。

 

教科書にはこの時代を弥生時代書かれていますが、全国で一斉に弥生時代になったのではなく、狩猟・採集・漁労の比率が下がり水田稲作の比率が上がっていったと思ってください。

 

それに伴って生活様式やお祈りのやり方も変わりますので、土偶一族の形や役割も変わり種類や数も少なくなっていきました。

でも縄文人が土偶一族に込めた祈りの心は現代の日本に脈々と残っています。

縄文土偶の背比べ

土偶の背比べをしてグラフにまとめてみました。

テディベア土偶
テディベア土偶
最大45cmから数cmまでありますよ!!
土偶背比べグラフ

土偶を背比べしたグラフ

※クリックで拡大します

大型土偶は風格があり「神」のよう。小型土偶も丁寧な仕上がりで手の平サイズの「お守り」のようですね。

第2話は、土偶一族繁栄の歴史です。地域別、時期別の広がりや変化をトリップしましょう。

 

縄文時代や土偶について、参考になる本を探している方は、縄文ライブラリーも見てみてくださいね。

 

写真掲載*Special Thanks

第1話で写真掲載をお許しいただいた皆様です。ありがとうございます。

  • 長野県立歴史館(長野県千曲市)
  • 井戸尻考古館(長野県富士見町)
  • 尖石縄文考古館(長野県茅野市)
  • 函館市縄文文化交流センター(北海道函館市)
  • 八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館(青森県八戸市)
  • 山形県立博物館(山形県山形市)
  • 北杜市教育委員会、北杜市考古資料館(山梨県北杜市)
  • 東京国立博物館(東京都台東区)
  • 伊勢堂岱縄文館(秋田県北秋田市)
  • 馬高縄文館(新潟県長岡市)
  • 伊那市創造館(長野県伊那市)
  • 三内丸山遺跡センター(青森県青森市)
  • 御所野縄文博物館(岩手県二戸郡一戸町)
  • 群馬県埋蔵文化財調査事業団発掘情報館(群馬県渋川市)
  • 明治大学博物館(東京都千代田区)
  • 市立岡谷美術考古館(長野県岡谷市)

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