ヤマトタケルから草薙の剣を託された宮簀媛の思い

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(タイトルは違いますが)この記事のつづきです。

草薙の剣に東国守護神の願い託す

神の剣である草薙の剣は、

高志(こし=越)→出雲→大和→伊勢→東国→尾張

と移動して、宮簀媛(みやずひめ)のもとに留めおかれました。

日本武尊が草薙の剣を尾張氏の宮簀媛に託したことについては、古今さまざまな憶測が飛び交います。

これほどの神宝を宮簀媛のもとに残してきたのですから、当時から周囲の人々の賛否両論あったはずです。

結果的に、それからすぐに日本武尊がこの世を去ってしまうことになったので、「剣を手離さなければ」という非難とともに、悪い予兆としてうわさした人々もいたのでしょう。

しかし日本武尊にしても、景行天皇にしても、本当に手元に戻す意志が強ければ、使者を派遣して、尾張氏に命じて返還させればそれですみます。

 

ですが、その後を通じて、そういう言い伝えはいっさいなく、尾張氏の宮簀媛のもとに、神剣は置かれたままでした。

つまり、草薙の剣を尾張氏の宮簀媛に託したのは、日本武尊の意志であり、その「遺志」にもなってしまった愛息の願いを、父の景行天皇も尊重したのではないでしょうか。

伝承が重ならない日本武尊の形見

日本武尊の各地の伝承をたどると、日本武尊は平定した各地に、身につけていた品、手にしていた品を残したことが伝わります。

倭姫命から賜った火打石、火打金、入れ物の袋、景行天皇から授かった柊(ひらぎ)の八尋矛(やひろほこ)、十拳剣(とつかのつるぎ)、勾玉、鏡、冠……

実は、代わりがあったとみられる品以外、それぞれの品物の伝承が重なることがないのは驚くほどでした。

日本武尊が平定したあかしとして、その地の守護神となるように形見の宝物を人々に托したとみられるのです。

そしてそれをいただいた人々は、かけがえのないご神宝として大切にお祭りし、子々孫々に語り継いだ状況を知って、感動するばかりでした(涙)。

 

もしかしたらあの、みちのくの入の沢遺跡の古鏡を大切にしていた人の心も同じものではなかったのでしょうか。

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そういう日本武尊の姿をたどると、草薙の剣についても、尾張氏の誠実な従軍と援助に感謝して、東国鎮護の形見として宮簀媛に託したのもの、と思えてくるのです。

日本武尊との子供を授からないままに、永遠の別れになってしまった宮簀媛にしてみたら、どんなに有難く心強く、感謝したことでしょうか。

なんとしてもお守りせねばと、肌身離さずの気持ちで、一族ともにそうした思いで宮簀媛を盛り立てて神剣をお祭りしたにちがいありません(大泣)

 

ロマンあふれる絵画を裏打ちする地道な考証と探究心

そういう思いのこもった日本史上の名場面を、なんとも美しく荘重に描いて下さったのが、日本画家の川崎日香浬(かわさきひかり)先生です。

「伊吹山へ」画:川崎日香浬氏(はがきより)

日香浬先生の『古事記』の神々の絵画は、その全体的に明るく爽やかな色調ロマンあふれる画風にまず引き寄せられます。

さらにその絵画の魅力はそれにとどまらず、日香浬先生の博物館や神社や自然を訪ねての地道なフィールドワークに裏打ちされたものであることに気づかされます。

それだからこそ、細部にわたり真実味を感じる荘重さを感じさせるものになっているのだと思います。

「神さまに失礼になってはいけない」と、古典を読み、博物館の数ある剣や太刀を観察した上で、日本武尊の装身具を描いていらっしゃいます。

 

宮簀媛(みやずひめ)に授けた「草薙の剣」は、日本武尊が身に着けている、素環頭太刀(すかんとうたち)や刀子(とうす)とも、違いを際立たせて、綿密な考証を重ねた上で描かれたのだと察せられます。

※素環頭太刀(すかんとうたち):つかがしらの装飾の形状が環状の刀
※刀子(とうす):小刀

 

弥生時代や古墳時代の考古学の遺物を、日本の古典によって考察しビジュアルに再現するのは、現代では日香浬先生がただお一人のお方かもしれません。

 

草薙の剣は、銅剣か鉄剣かの説も別れていますが、日香浬先生は「有柄式の鉄剣」にしています。

「草も薙げる切れ味は、のちの日本刀の原型といえるのではないだろうか。
薙ぐという言葉自体が、鉄器のためにある言葉のように感じる」

『奴奈川姫と建御名方命ーそして、出雲と大和』

と、画集の中で述べておられます。

確かに「薙ぐ」からは、諏訪大社の神宝の「薙鎌(なぎがま)」という鉄製の鎌も想起されて、はっとさせられました!

 

日香浬先生の手筆で再現された「伊吹山へ」から、教えられることは大きく、古典への思索が限りなく広がります。

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