古典の記述でわかる!古代の人は矛(ほこ)も大事にしていた

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こんにちは!yurinです。

考古的には矛(ほこ)・戈(か)は区別されるのですが、上代古典では、厳密な区別がなかったようです。

※上代古典は『古事記』『日本書紀』『先代旧事本紀』など

上代古典についてはこちらに一覧をまとめています。

 

上代古典では「ほこ」を表す文字も「矛」「鉾」「戈」など書かれます。

伊奘諾尊(いざなきのみこと)が、天つ神から授かった「天の瓊(ぬぼこ。玉飾りの矛)」がすぐ後の文で「天の瓊(ぬぼこ)」と表記されています。

『古事記』『日本書紀』が編纂された奈良時代は、実際に矛・戈が使用された弥生時代とは隔たっていたので、材質も区別もあいまいになってしまったのでしょう。

 

もしかしたら、縄文時代の石斧なども「ほこ」だったかもしれない、と思ったりします。

「ほこ」という言葉は、祭祀の中で生き残り、伝承されてきたものとみられます。

『古語拾遺』の天孫降臨にも矛(ほこ)

平安時代の初めに書かれた『古語拾遺』(807年)には、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の天孫降臨について、次のような記述があります。

即(すなわ)ち、八咫鏡(やたのかがみ)及び草薙剣(くさなぎのつるぎ)二種の神宝を以(もっ)て皇孫に授け賜いて、永(ひたぶる)に天璽(あまつしるし)〔いわゆる神璽(あやしきしるし)の剣鏡これなり〕と為す。矛・玉は自(おのずか)ら従えり

(その時、八咫の鏡・草薙の剣の二種の神宝を、皇孫にお授けになり、永久に高天の原の神々から授かった皇統のあかしとしての宝物(神剣と神鏡がこれである)とした。矛と玉は自然に従った

 

いわゆる三種の神器について『古事記』『日本書紀』では、天照大神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に授けた宝物は「鏡・玉・剣」の三種になっています。

ところが別の天皇の時代の記述では「鏡・剣」だけである場合もあり、いろいろ議論の対象となるところです。

ここでは、鏡・玉・剣と同じように、「ほこ」も宝物にしている古代人の状況が理解していただければと思い取り上げてみました。

 

「玉と矛がおのずから従った」というのは「身に着けていた」という解釈がなされています。

『万葉集』では「たまほこの」は「道」の枕詞になっていて、むしろ玉や矛は古い由緒を感じさせます。

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