「八坂刀売命」は安曇氏・忌部氏と密接にかかわる

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こんにちは!yurinです。

「日本一の軍神」ともいわれる建御名方(たけみなかた)の神のお妃とされるのが「八坂刀売命(やさかとめのみこと)」です。

 

建御名方神のことを少しおさらいします。

建御名方神は、出雲の国譲りで、武甕槌神(たけみかづちのかみ)に敗れて、諏訪の地へ追い詰められ「ここから出ない」という誓約で許されたとされます。

ですが……タケミカヅチに敗れたものの、むしろ建御名方の神は、妃や御子神たちとともに、諏訪地方を中心として、信濃の国を開拓統治して、しっかりとまとめ上げたのでした。

地元の人々からの崇敬は絶大で、子孫も繁栄し、御子神を祭る神社もあります。

 

その勢力をいかに、朝廷側がおそれたか、その後の皇族や将軍の派遣の様相からうかがわれます。

そしていつしか「日本一の軍神」として崇敬されるほどにまでなったのです。

鎌倉時代の元寇(モンゴル襲来)のさいには、武士たちはその神威にすがるほどでした。

諏訪大社下社の祭神「八坂刀売命」

さて、本題の八坂刀売命(やさかとめのみこと)ですが、諏訪大社の下社春宮・秋宮、諏訪大社上社前宮の主祭神となっています。

その信仰の大きさが認識されますね。

秋宮

その八坂刀売命については、

海神(わたつみ)の安曇氏の一族である

という神社伝承があります。

一方で、古代豪族系図集覧(近藤敏喬、1993年)に、忌部氏の系譜に、八坂刀売命(やさかとめのみこと)が記されていました。

忌部氏は中臣氏とともに朝廷の神道祭祀を司ってきた氏族です。

神事に奉納する玉作り、織物作りを統括します。

古代豪族系図集覧は、古代の神々と氏族の系譜を、スッキリとシンプルにまとめてあり、とても参考になる系図の本であると思います。

また、系図の出典が明記されているのがわかりやすいです。

系図で古代を語る、には限界がありますが、一つの説として、参考にして安心できる本です。

 

忌部氏は、もともとは越(こし)の奴奈川姫(ぬなかわひめ)の一族を彷彿とさせる氏族です。


『奴奈川姫と建御名方命』川崎日香浬氏

その忌部氏の祖神とされる、天日鷲命(あまのひわしのみこと)の孫、天八坂彦命の娘に「八坂刀売命」がみられます。

饒速日尊(にぎはやひのみこと)とともに下った三十二神に八坂彦命

建御名方神のお妃として、天八坂彦命の娘の八坂刀売命の系譜に注目したのは、『先代旧事本紀』巻3の「天神本紀」にも同じ神名が見られたからです。

饒速日尊は、三十二の神々、物部二十五部とともに、河内の斑鳩(いかるが)の峰に降臨したとされます。

今の大阪府と奈良県の国境にある生駒山付近を中心に勢力を拡張したようです。

 

饒速日尊(にぎはやひのみこと)とともに下った三十二神の中に「八坂彦命(やさかひこ)」が見られます。

伊勢の神麻績(かむおみ)の連(むらじ)たちの先祖

とあります。

伊勢地方の神麻績(かむおみ)とは、伊勢神宮に献上する織物です。

神話では、天照大神が織物をする姿が書かれていますが、機織(はたおり)は神事と密接でした。

 

その職につく人々が奉じる人々が、お祭りしたのが神麻績機織(かむおみはたおり)神社・神服機織(かむはとりはたどの)神社です。

三重県松阪市にあります。

和妙(にぎたえ、絹織物)を織る人々の守護神が、神服機織神社で、祖先神は天八千々媛命(あめのやちじひめ)です。

下機殿(しもはたでん)、下館(しもだち)さんと呼んでいます。

 

そして荒妙(あたらえ、麻布)を織る人々の守護神が、神麻績機殿神社で、祖先神が天八坂彦命です。

上機殿(かみはたでん)、上館(かみだち)さんと呼ばれています。

絹織物より、麻織物を「上」として尊ぶ思考がうかがわれます。

天照大神に献上する、大切な麻織物の職に従事する人々が守護神として崇拝されたのが天八坂彦命でした。

その娘が諏訪の建御名方神の妃とされるのです。

安曇氏・忌部氏と密接な八坂刀売命

国宝仁科神明宮」のブログで、安曇氏がヒスイとともに「麻織物」ともゆかりが深いという話しをしました。

八坂彦命の機織の技術などについては、まだ勉強不足ですが、佐賀県の吉野ケ里遺跡で、縄文時代にさかのぼる越後アンギンの織物の実演していました。

弥生時代の布の再現

弥生時代の衣服の再現

今では新潟県だけで伝承されていて、そちらへ行って研修してきたそうです。

苧麻(からむし)、アオソなどの植物繊維で織ることにさかのぼる、古来の技術だそうです。

 

新潟県上越市の牧資料館では「苧績(おうみ)糸」が展示されていました。

八坂刀売命は、海神(わたつみ)安曇氏、麻織物ゆかりの忌部氏の八坂彦命、いずれにせよ、双方と密接に係っている、古来の信仰が感じられます。

 

『先代旧事本紀』の饒速日命とともにくだった三十二の神々は、日本列島各地の「一の宮」や由緒ある神社の祭神が多く見出せるのです。

大きな歴史の流れでみると、饒速日尊と降臨した人々は、出雲の国譲りの後の大国主命の勢力範囲を継承して、地元の人々を尊重して融合しながら、開拓統治をし、守護神としてなっていったものと考えられます。

 

その八坂刀売命のもとに、建御名方神は通われます。

その神跡こそがこちらの記事でも紹介した「御神渡り」とされています。

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