日本武尊が東征のときにたずさえた草薙の剣

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こんにちは!yurinです。

日本全国の八剣(やつるぎ)神社は、剣を祭る神社の中でも、日本武尊や草薙の剣とゆかりが深いようです。

諏訪市小和田の八剣神社は、八矛神(大国主命)を主祭神に、日本武尊をお祭りしています。

このような古くからの神事が施行される諏訪地方の神社で、皇族が祭られるのは珍しいのではないでしょうか。

日本武尊がたずさえた草薙の剣と丹念な巡行

伊勢神内宮の倭姫命(やまとひめのみこと)から、日本武尊に賜った「天叢雲(あめのむらくも)の剣」は、もともと出雲からもたらされたものです。

『日本武尊出征』 川崎日香浬氏

『奴奈川姫と建御名方命ーそして、出雲と大和』より

素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を十拳剣(とつかのつるぎ)で斬った時、体内からでてきた剣です。

剣からは、常に雲気が上がっていることからの名称です。ただならぬ神の気、というべきものでしょうか。

 

ヤマタノオロチは「高志(こし)の八岐大蛇」ともいわれます。本来は越(こし)の人々の神宝だったのでしょうか。

『高志八岐遠呂智』(こしのやまたのおろち)川崎日香浬氏

茅野市立美術館にて


SUWAガラスの里美術館にて

その剣は、高天の原の天照大神に献上されました。その神事については「日御碕(ひのみさき)神社」でふれました。

日本武尊は、その天叢雲の剣をたずさえて、東征しました。

日本武尊東征路図

『景行天皇と日本武尊 列島を制覇した大王』より

日本武尊がいよいよ東征の仕上げと最終段階に入ります。『日本書紀』では記します。

日本武尊(やまとたけるのみこと)、曰(のたまわ)く、「蝦夷(えみし)凶(あ)しき首(ひとぼのかみ)、ことごとにその辜(つみ)に伏(したが)いぬ。

ただ信濃国(しなののくに)・越国(こしのくに)のみ、すこぶる未(いま)だ化(みおもむけ)に従わず」とのたまう。

すなわち甲斐(かい)より北(きたのかた)、武蔵・上野を巡りて、西(にしのかた)碓氷坂(うすひのさか)に至る。

(ヤマトタケルノミコトはおっしゃった。「抵抗する勢力の首長たちは、全て恭順して従った。ただし信濃と越(長野から北陸方面)だけが、あと少しばかり王化に馴染むのに弱いところがあるようです。」と。
 
そこで甲斐の国(山梨県)から、ただちに長野県の諏訪地方に入らないで、武蔵(埼玉県北部)上野(群馬県)を巡行して、西方の碓氷峠(吾妻峠か)に至った。)

 

日本武尊の東征は、最終段階の一歩手前まできます。

ただしそこには、まだ大和朝廷に従う心が、まだ少し揺らいでいる、諏訪の神さまを信仰する人々がいました。

 

諏訪大社の分社は、長野県よりも、新潟県の方が上回っています。

そして、群馬県、埼玉県なども諏訪信仰が深くおよんでいる地域でした。

 

山梨県から諏訪地方はすぐ隣です。

……ですが日本武尊は、即座に土足で踏み入るようなことをせずに、丹念に外堀を固めることにしたのです。

わざわざ遠回りしてまでも、諏訪信仰の濃厚な地を巡行して、丹念に踏み固めて信濃の国に入ったのでした。

 

日本武尊の埼玉県・群馬県の足跡もまた何かとたくさん残っていますが、それはまた別の機会にしますね。

諏訪の地に和平をもたらす日本武尊と草薙の剣

いよいよ信濃に入った日本武尊は、在地の人々と争ったような伝えはなく、諏訪の神さまも暖かく、八ヶ岳を越えてお迎えに来た、と語られています。

日本武尊は、もともと出雲や高志(こし、越)の人々の神宝であった「天叢雲(あめのむらくも)の剣をたずさえていました。

そのことは、日本武尊の東征のパワーの源泉であり、支えであったとみられます。

その神の剣を携行して、いまだに大きな出雲勢力の痕跡を残す、諏訪の地に入ったのです。

 

「天の叢雲(むらくも)の剣」の威光と神威は、諏訪の人々に十分に発揮されたのではないでしょうか。

「御神渡り」神事があるほどの、由緒ある諏訪の神社で、日本武尊が祭られていることを、日本武尊の東征の和平のあかしとして、誇るべきことと思います。

太古からの諏訪信仰の根深い地に、皇族をお祭りするのは、並大抵のことではなかったとみられますから。

 

天の叢雲の剣は、日本武尊が焼津の焼き討ち事件の時、剣で草を薙いで、奇跡的に火難を逃れたことから「草薙の剣」と呼ばれるようになっていました。

三種の神器の一つです。

三種の神器の「天叢雲(あめのむらくものつるぎ)」は、別名の「草薙の剣」の方の名称で知られます。

草薙の剣で火のついた草を薙ぐ日本武尊
『東海の道』川崎日香浬氏

『奴奈川姫と建御名方命ーそして、出雲と大和』より

諏訪の八剣神社をみると、そこに太古からの人々の歴史の営みがみえてくるようです。

……

そしてその剣によって縁を結ばれる人々の始まりが、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と奇稲田姫(くしなだひめ)の出会いでした。

八岐(やまた)の大蛇(おろち)との戦い、そして草薙の剣の転変の逸話……など、2月の古代史日和勉強会で、えみ子先生がお話ししてくださいます。有名な話しですが、なかなかお話しを聞く機会はないと思います。

神話にちなんだ、豊富な神社の現地情報など、興味深いお話しが伺えると思います。

ぜひお気軽にお越しくださいね。きっと神話も出雲めぐりも、楽しくなるでしょう~♪

神社べんきょう会

→このべんきょう会は終了しました

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