カズオ・イシグロ氏の静かな主張と品格【1】

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こんにちは!yurinです。

昨晩は、NHKBS「ノーベル文学賞カズオ・イシグロが語る”世界“」を見ました。

イシグロ氏の授賞式と講演の一部、その前のNHKのロンドン支局長のインタビューに応えたものです。

「ノーベル賞は、分断の壁を超えさせて、人類とともに取り組むべきものは何か思い起させてくれるもの。その物語の一部に加わることを認められ、畏怖の念を抱いています」

と、静かさの中に気品と奥深さを感じさせる語り口に、自然と引き込まれて感銘しました!

そのイシグロ氏の2作品を読んでの感想を合わせます。

戦後混乱期の日本の長所・短所を受け入れてアイデンティティを築く

久しぶりに、丹念に小説に読み入ってしまいました。

遠い山なみの光』『日の名残りは、余情を感じさせる日本的な題名です。

この方の作品は、題名に惹かれて、入手してしまうのです(微笑)

自然の光への繊細な感受性が伺われて、翻訳も絶妙。

『A Pale Of Hills(遠い山なみの光)』

『The Remains Of The Day(日の名残り)』

実はこのような抽象的な題名の作品は、海外では少ないものと思っていました。

 

谷崎潤一郎の『細雪』(ささめゆき)が、英訳されると『The Makioka Sisters(牧岡家の姉妹たち)』になってしまう、という話しは、とても印象深いものでしたから。

太宰治の『斜陽』は『The Setting Sun』と訳されますが、海外では「斜陽産業」という意味に使用するときは、『A Declining industry』という、別の「斜陽」の英訳があります。

 

『遠い山なみの光』は女たちの遠い夏から改題されたようです。

日本語のタイトルの方は、抽象的で範囲が広いものが受け入れやすく、その「余情を残すあいまいさ」こそ、日本人好みなのかもしれません。

『遠い山なみの光』は、核爆弾の投下から、復興の過程にあった長崎を舞台にした、イシグロ氏のデビュー作品です。

「自分の中の日本を残しておきたかった」というモチベーションから書かれました。

ごく限られた友人とだけ交流し、自己の孤独と向き合う数か月から生まれた作品だそうです。

その時間がなければ、作家になっていなかったような重要な時間だった、と記念講演で述べておられます。

 

イシグロ氏は、この時、生まれ故郷の日本と真剣に向き合ったのです。

幼い頃のご両親は、毎年、帰国する話しをしていたので、イシグロ氏は「訪問者」の目でイギリス社会を見つめました。

ロンドン

ご両親は、イギリスの伝統慣習を尊重するようにと諭しても、適応するようには求めなかったそうです。

家の中では、日本人のご両親の姿勢を見て、外ではイギリス人として、二つの異なるふるまいの中で育ったそうです。

ずいぶん賢い子供さんだったのですね。郷に入りては郷に従え、というわけですが、感心してしまいます。

NHKBS「ノーベル文学賞カズオ・イシグロが語る”世界“」で、

「日本人の男の子はわんぱくで何をしても許されるイギリスの男の子外で静かにしていることを求められる」

とイシグロ氏は言っています。

ご両親は、海外から来て、しつけの厳しいイギリス教育を受けるわが子が、せめて家でのびのびといられるように、思いやって育てたのでしょうか。

カズオ氏への愛情がうかがえます。

 

仕事と家を切り離さずに、仕事への情熱も持ち続ける父ノーベル賞は平和と調和のためにあると教える母、回想するイシグロ氏の言葉から、ご両親への尊敬の念が伺われます。

こうしてイシグロ氏は成長し、執筆活動を通じて、祖国の日本と向き合う時間を得たのです。

戦勝国のイギリスに居住すればこそ、より冷静に、日本を見つめることが出来たでしょう。

 

そして、イシグロ氏は、良きにつけ悪しきにつけ記憶の中の日本というものを全て肯定的に受け入れて、揺るがないアイデンティティを築いたのだと思われます。

 

その確固たる土台があってこそ、その上に何を積んでも万全でした。

ものごとをさまざまな視点からとらえる包容力、さらに人生を生き抜く強さを獲得したのでしょう。

戦後の長崎で懸命に生きる人々のささやかな日常

遠い山なみの光は、娘を連れてイギリスへ渡った女性が、第二次大戦後の長崎での新婚生活を回想する物語です。

大きな仕事を成し遂げるヒーローやヒロインでなく、原爆投下された長崎で、敗戦後の傷痕を残しながらも、懸命に生きる人々のささやかな日常を描いています。

長崎港と稲佐山を臨む

物語の語り手の悦子は、娘を自殺で亡くし、父親の違うもう一人の娘が訪ねて来る、という回想から始めます……

それだけで、悦子の人生が見えてくるようです。

 

いずれ自殺することになる娘を妊娠中の悦子。

しかし回想では、むしろ悦子の幸福な時間を思い出しているようです。

悦子の前に現れる母娘の姿が、将来の悦子と重なっていくようで辛くもあります……

 

そして、戦争で夫という支えを失って、必死に娘を育てる佐知子。

「娘の幸せは、わたしにとっていちばん大事なこと」という言葉とは反対に、不安定な行動をして、いつも娘の万里子を翻弄するのでした。

 

回想によって記憶をたどるので、不鮮明なことが多く、最後まであいまいなこともあります。

ですが、敗戦後の混乱と過渡期の時代を生きる人たちの、それぞれの立場からの思いをこめた会話に引き寄せられて、どんどん読み進んでいきます。

 

「誰にだって戦争になることはわかったんですもの。でも……戦争がどんなものかということだって、わかってた人なんか一人もいなかったのよ」

「昔の日本の制度にも欠陥はあったのではないですか……日本は神さまが造った国だなんて教えられて。日本は神の国で最高の民族だなんて」

「物事はそう単純じゃない。わたしたちは大事なものが次の世代に引きつがれていくように、身を捧げてきたんだ。昔の日本には精神があった。それが国民を団結させていたんだ。

今の子供たちは、どうなると思う。何が大切なのかということを学校でおそわらない。――まあ、人生に何でも勝手に要求しろということは教わるんだろうがね」

(遠い山なみの光』より引用 太字:古代史日和)

しかし作者は、どちらへ肩入れするのでもなく、それぞれの登場人物を静かに見つめているので、安心して読み進められるのです。

 

政治家に振り回されて、大変な時代を生きた庶民なのですが、その苦労と混迷の中でも、ささやかな日常を真剣に生きる姿勢の中から、やはり「平和が大切」と思うのです。

その主張をストレートに声高に掲げるのでなく、それぞれ錯そうする思いを込めた会話で表現することによって、「静かな主張」を感じるのです。

 

イシグロ氏の作品を出版する早川書房の社長は、イシグロ氏に対して「古き良き日本人」との賛辞を送っていました。

イシグロ氏の人柄と作品からは、確かに「主張し過ぎない」ゆえに、いっそう心の底にある思いが響くという手法があって、そこに古き良き日本への郷愁を感じさせるものがあるのです。

つづく

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