天照大神を祭るお社に参拝【1】柏市神明社

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こんにちは!yurinです。

のんびりお屠蘇(とそ)気分のお正月でしたが、箱根の山で懸命に奮闘する若者たちにこちらまで身が引き締まり、新たな年がスタートしました。

駅伝のランナーが駆け抜けたのは、湘南(しょうなん)の海岸でしたが、私が新年にお参りするのも沼南(しょうなん)のお社(やしろ)です。

手賀沼の南の沼南(しょうなん)の神明社

氏神さまとしてお参りする神社が、柏市塚崎の「神明社」です。

近郊の住宅街に隣接する農村地帯にあり、三が日を過ぎると、早朝の境内は人影もなく静けさを取り戻します。

手賀沼の南に位置することから、付近一帯は沼南町(しょうなんまち)という旧地域名でした。

千葉のショウナンです。手賀沼にはこの時期、白鳥が飛来します。

白鳥はヤマトタケルのお使い

鴨も気持ちよさそうに泳いでいます。

手賀沼周囲の我孫子市には「山科鳥類研究所」もありますが、本来は野鳥が豊かな湖沼です。

この手賀沼の南方に神明社があります。

天照大神・春日大神・武甕槌神(たけみかづちのかみ)をお祭りします。


※クリックで拡大します

神明社(しんめいしゃ)は、神明宮(しんめいぐう)、皇大神社(こうたいじんじゃ)とともに皇室の祖神の天照大神をお祭りする神社です。

古代史学者の安本先生によると、実は天照大神をお祭りする神社は、大国主命を祭る神社より意外に少ないそうです。

創建年代は不詳ですが、かつては下総国南相馬郡(手賀・風早・土・鎌ヶ谷)四カ村十七集落の総鎮守でした。

 

平安時代に相馬の御厨(みくりや)があり、伊勢神宮領として何度も寄進されている記録があります。

この付近は重要な神域であったようです。

相馬の御厨(みくりや)は、千葉県北部や茨城県南部にあり、千葉氏が伊勢神宮へ寄進した領地です。

そして伊勢神宮の地方の神職と認めてもらい、地主として管理してきたのです。

昭和10年(1935)、県の天然記念物に指定された大榊(さかき)は、当時の県の鑑定で樹齢1300とされていたことからも、この神社の由緒の古さがうかがわれます。

残念ながらその後、枯れてしまい、若木を育成中です。

景行天皇と日本武尊の下総国巡行の伝承地

東京湾岸の船橋市には、日本武尊ゆかりの「大神宮」があります。

式内社の「意富比(おおひ)神社」です。

日照りに苦しむ住民のために、日本武尊が天照大神をお祭りして祈願したとされます。

やはり新年には、多くの参拝客で賑わいます。

 

また『高橋氏文』では、第12代景行天皇の次のような記事があります。

天皇、葛飾野(かつしかの)に行幸されて、御狩をなされた

旧沼南町は、柏市に編入される以前は「東葛飾郡(ひがしかつしかぐん)沼南町」で、景行天皇の巡行地の「葛飾野」にゆかりがあります。

 

相馬といえば福島県の「野馬追(のまおい)」が有名ですが、もともとは、下総国で相馬氏の祖先とされる平将門が始めた行事という説があります。

さらに古くは蝦夷征討のために軍馬が供給された地ともいわれます。

江戸幕府もその伝統にのって牧を置きました。

 

「牧ノ原」や「野馬除(よ)け」の地名が残っていて、古代の台地にも広大な狩場や放牧場があったようです。

景行天皇も狩りに訪れたのでしょうか。

『高橋氏文』にチラリとでてくる「かつしか」はしっかりインプットされます!

日本武尊や景行天皇が、こちらの方まで足を運んだのではないかと考えています。

広大な香取(かとり)の海

古くは手賀沼、印旛沼(いんばぬま)、霞ヶ浦はつながっていて、「香取(かとり)の海」という広大な内海になっていました。

その西側の拠点の港として「大津」の地名が残っています。

房総半島の先端を通り、危険をおかして外海を回るよりも、東京湾から香取の海をぬけて、東北方面へ向かった方が安全なので、利用されたコースのようです。

 

塚崎の神明社は、手賀沼の南、大津ヶ丘の地区に隣接します。

高々と千木がかかげられた神明造りの拝殿など、境内の改修工事が行われて、平成27年に完成しました。

毎年10月17日の例祭では、神楽殿で十二座神楽が催されます。

古代の神話をもとにした歌舞で、近隣の小学生が見学に訪れます。

息子も小学生の時、お餅をいただき大喜びで帰ってきました。

 

境内には猿田彦神、大国主命、その他の神々を合わせて祭る小社があります。

猿田彦の社

大国主命の社

八百万の神々の社

鎮守の森は「沼南(しょうなん)の森」として、森林浴や散策の場になっています。

木の葉が舞い始めてから、早春の芽吹きの頃までの、散策が特に気に入っています。

本の刊行前には、何度も祈願し、講演会へ行く前にも参拝しました。

つづく

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