令和元年10月の古代史日和は、古代史学者の安本美典先生による特別講演でした。
タイトルは、『日本書紀』神武天皇東征伝承6つの謎。
このブログでは
のつづきで、第3の謎の「神武天皇の即位」についてお伝えしていきますね。
- 第1の謎:暦の逆転現象
- 第2の謎:古代の天皇お年(寿命・享年)はなぜ長いのか
- 第3の謎:神武天皇はなぜ西暦紀元前660年に即位したことに定められたのか
- 第4の謎:神武天皇は実在したのか
- 第5の謎:神武天皇は実在したとすればいつごろの人か
- 第6の謎:神武天皇はなぜ東征したのか
“紀元前”660年に即位ってどういうこと?
神武天皇の即位された紀元前660年の見解についてはどうでしょうか?
これについては、現在の学者の間でポピュラーになっているのは「辛酉革命説」です。
明治時代の東洋史学者の那珂通世(なかみちよ)が「上世年紀考」(1897年)が述べたのでした。
すなわち中国の古代には「讖緯(しんい)説」があり、陰陽五行説(陰と陽、木・火・土・金・水の働きの強弱づく)にもとづいて、天変地異・運命の吉凶を予言する説です。
讖緯(しんい)家が唱えたのが「辛酉革命の説」です。
辛酉とは、十干十二支の一つです。
十干:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・㭭・癸
十二支:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥
特別講演の資料より
これらを組み合わせると60通りの組み合わせができ、年を表わす方法として整理して順番通りに並べると60年で一回りします。
「壬申の乱」「戊申戦争」など後代にも使用されます。
『日本書紀』はこの十干十二支によって年月日が記されています。
『日本書紀』の編纂者たちは、年代を伝えていなかった古伝を、中国の史書にならって暦年月日などを入れ、形を調えようとしました。
そのさいに日本史上の大変革といえる神武天皇の即位を、推古天皇の9年(辛酉の年、601年)から逆にさかのぼって1260年前の辛酉の年においたのでした。
みなさんご存知の「甲子園」も十干十二支からきているのでした。
つづく