「伊勢神宮(いせじんぐう)」の勉強会でした

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こんにちは!yurinです。

全国高校野球100回記念大会には、100万人を越える観衆が集いました\(^0^)/

決勝戦後の球場に”七色の虹”がかかり、新たなレジェンドの始まりを告げます。

 

夏休みを通じて東京国立博物館の“縄文展~1万年の美の鼓動”が開催され、古代史日和勉強会では、女性講師が伊勢神宮を語る……

このような平和が続くことを心から願い、確実に新たな時代に流れていることを感じます。

ご正宮(しょうぐう)と125の宮社

先週日曜日の古代史日和勉強会は、えみ子先生による「伊勢神宮」をテーマにした勉強会でした。

一度は参拝したい伊勢神宮、一度参拝してみると、再び訪れたくなる伊勢神宮です。

何度参拝しても、奥は深く「もう一度」と思ってしまいますね^^

 

五十鈴川は清らかで神々しい……と、情緒的に味わってしまう伊勢神宮ですが、実は基本的なことも知らないことばかりです。

誰からも教えてもらう機会がなかったもので……(汗)

実際に学ぼうとすると、どこか特別な場所にいかなくてはならず、ハードルが高そうです。

……えみ子先生が、優しくわかりやすくひも解いてくださいました。

 

伊勢神宮は単に「神宮」とだけいうのが正式名称です。

ひとえに神宮といっても、125社の宮社があります。

 

皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)の2社をご正宮(しょうぐう)、43の摂社、14の別宮、24の末社、42の所管社からなります。

皇大神宮(内宮):皇室の祖先神の天照大神(あまてらすおおみかみ)

豊受大神宮(外宮):衣食住を始め、産業の守り神の豊受大神(とようけおおかみ)

別宮:「正宮から分かれた宮」という意味で、「別宮」があり、正宮と関係が深く、格式が高い

摂社:平安時代の『延喜式』神名帳の記載

末社:『延喜式』の記載はないが『延喜儀式帳』の記載される

所管社:どれにも載っていないが、お祭りされてきた社

 

ちなみに神域内に関係する社をみると、

  • 熱田神宮⇒44社
  • 住吉神社⇒29社
  • 出雲大社⇒23社

と比べても、伊勢神宮がいかに大きな神社として扱われてきたかがわかります。

内宮のご神体は?

内宮のご神体は、天孫降臨にさいして、天照大神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に「この鏡を私をみるようにお祭りしなさい」というお言葉が『古事記』『日本書紀』にあります。

その鏡をご神体として、宮中にお祭りしてきました。

『古事記』『日本書紀』は、神々や神宝の由緒書き、という側面もあります。

 

第10代崇神天皇の皇女の豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に命じて、初めて宮中から出て、大和の笠縫邑(かさぬいむら)にお祭りしました。

今の三輪山山麓の檜原(ひばら)神社付近です。

檜原神社

その後、第11代垂仁天皇の皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)が、畿内の大和~伊賀~近江~美濃~尾張~伊勢と巡行して、現在の内宮の地に宮を造営しました。

豊鍬入姫命と倭姫命が巡行して、天照大神をお祭りした社地は、「元伊勢」といわれます。

簡素で品格あるご正宮(しょうぐう)の社殿

神宮の神域には、清らかな五十鈴川が流れ、その神域を森林が囲み、その中にご正宮や小社が点在します。

幸運に恵まれると、献上された白馬が歩き、真っ白な鶏を拝めます^^

 

内宮・外宮のご正宮(しょうぐう)の建物は神明造りです。

20年に1度、建て替えられます。

第41代持統天皇の690年以来、途中に戦乱など諸事情で中断もありましたが、おおよそ1500年以上におよび、建て替えられてきました。

 

建て替えに因む古式ゆかしい儀式は「式年遷宮」とよばれます。

これについては次回の勉強会でお話してくれるそうです。

 

神宮の神明造りは一般神社の神明造りと区別して「唯一神明造り」といわれます。

神明造りといえば、なんといっても屋根に高く掲げられた千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)です。

千木(ちぎ)

鰹木(かつおぎ)

 

内宮の千木は、地上と平行にきられており、外宮の千木は、地上と垂直にきられています。

千木につけられた長方形の風穴は、内宮は2.5コ、外宮は2コとそれぞれ違います。

こういう微妙で精巧な装飾もご正宮ならではのものです!

 

高床式で檜(ひのき)造り、茅葺き屋根の社殿は、東大寺の大仏殿のような豪壮な造りとは、全く違います。

 

屋根に置かれた円い鰹木(かつおぎ)は、装飾ばかりでなく、屋根が吹き飛ばされないための重しの役目もしているそうです。

内宮は10本の偶数、外宮は9本の奇数です。

一見すると簡素な造りなのですが、なんともいえない品格を感じます。

 

こうして社殿の細部にわたる構造、建立の過程を知るほどに、むしろそれに費やされた莫大な労力と時間と精神が込められていことがわかってきます。

後の時代の茶道の茶室という小空間に、創意工夫の限りを尽くす精神に通じていくような、日本人の心を感じます。

 

神社の始まりは、神籬(ひもろぎ)や磐境(いわさか)などの樹木や岩石です。

後の時代に仏教の巨大な社殿が建てられ、神社にも影響を及ぼしたのでしょう。

 

ですが神々がお住まいになる社殿を建てる、という発想に至ったときも、当初の自然崇拝を崩さないというスタンスで、その延長上にあることが感じられる、品格と威厳があります。

神宮の3つのお祭り

伊勢神宮では、年間に1,500回に及ぶお祭りが行われています。

特に大きなお祭りが以下の3つです。

神嘗祭(かんなめさい)

その年の新穀を、天照大神に捧げて、恵みに感謝する。

興玉神祭・御卜・御神楽が行われ、付属の春の御薗祭・神田下種祭、秋の抜穂祭・御酒殿祭・御殿祭、大祓いなど

 

新嘗祭(にいなめさい)

宮中で天皇陛下が、新穀を神に奉り恵みを感謝する。

天皇陛下が即位の礼ののち、初めて行う新嘗祭を「大嘗祭(だいじょうさい)」

 

祈年祭(きねんさい)

春の耕作の始めに五穀豊穣を願う「としごいの祭り」

 

<伊勢神宮の神職>
祭主(1人)、大宮司(1)、少宮司(1)、禰宜(ねぎ)(12)、権禰宜(ごんのねぎ)(20)、宮掌(ぐじょう)(40)、伶人(薬師)(18)(2013年現在)

このうち「祭主」は、伊勢神宮だけのものです。

天皇の勅旨により定められます。

大宮司も天皇の勅裁を仰ぎます。

少宮司以下は、大宮司が任命します。

 

年間の特別な祭祀とともに、日々の祭祀もあります。

毎日朝夕の2回、内宮の天照大神に捧げる大御饌祭のお供えが資料にありました。

鯛(たい)、鰹節(かつおぶし)、昆布などの海の幸、果物、野菜、白米などをお供えします。

 

ご飯を炊くなどの調理に使用される水は、外宮の特別な御井で汲みます。

1年を通じての特別な祭祀だけでなく、日々の祭祀もまた繰り返し行われてきました。

伊勢神宮の祭祀の内容や連綿性を知り、気の遠くなるような年月の重みを感じます。

天皇が伊勢神宮に参拝しないのは?

えみ子先生は一つ一つの事項を丁寧にお話ししてくださいました。

今回は入門編というべき内容で、次回は式年遷宮や倭姫命(やまとひめのみこと)の巡幸などの内容の予定です。

 

「歴代の天皇が伊勢神宮をご参拝なさらないのはなぜですか?」という質問がありました。

現在の天皇陛下は、馬車でお越しになり瑞垣内(みかきうち)で参拝されているそうです。

 

「伊勢神宮の神職には、“祭主”という特別な神職があり、大切な天皇の皇女を“斎宮(いつきのみや”として遣わしていらっしゃいます。

そもそも天皇は、宮中から行幸されることはめったにないことでした。熊野詣でなども、上皇になられてからです」

「内宮の天照大神に比べて、外宮の豊受大神が食物を献上するだけとしたら、少し軽すぎるようにも思えますが……?」

「外宮と内宮をお祭りする、荒木田氏と渡会氏の歴史まで遡って考察する必要があると思いますので、これからお話ししていけたらと考えています。」

 

……伊勢の内宮・外宮の成立、建物の様子、祭祀、神職など、話しを伺うと、さらにもっと知りたくなる、どこまでも探究心の尽きない伊勢神宮です。

質疑応答も深まります。

それだけ日本の歴史と深く係わってきた神社なのです。

 

……ですが、えみ子先生のお話しによると、第二次大戦の頃までは、神宮の神域の森は太古のままの鬱蒼とした神域で、周辺の住民は、その暗い森林に、積極的には近づきたくなかったほど、という話しもあったそうです。

 

江戸時代のお伊勢参りの時代を経て、伊勢神宮の神域や歴史が、一般庶民に開放されたのも、近年になってのことなのでしょう。

伊勢神宮をこうして語り合える勉強会は、平和の象徴ですね。

次回の勉強会も楽しみです。

 

ゆっくり伊勢神宮を参拝してみたいです^^

参加されたみなさんから、たくさんのお菓子をいただきました。

今回は長野県松本市からも、お越しいただきました。

また、古代史日和の勉強会は、愛知県や神戸市や福岡県からもご参加いただいています。

古代史好きな方のフットワークの軽さには、毎回驚きます。

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