出雲日御碕(ひのみさき)神社~夕日を拝む二社~

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こんにちは、yurinです。

「三種の神器」「日本の歴史の連面性」を書いて、この神社を思い起こしました。

出雲の国、島根半島の西端の日御碕(ひのみさき)神社(出雲市大社町日御碕)です。

島根半島の西端の日御碕(ひのみさき)神社

日御碕神社は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祭る「神の宮」を上社、
天照大神を祭る「日沈(ひしずみ)宮」が下社、の二社からなる神社です。

伊勢の夫婦岩が、日の出を遥拝(ようはい=遠く離れたこところから拝む)するのと反対に、
日本海に沈む荘厳で美しい夕陽を拝むお社です。

ロマンティックですね。

首都圏に近ければ、どれほどたくさんのカップルが訪れることでしょう(微笑)!

 

おととし旅行をしたのですが、松江駅から、夫がレンタカーを飛ばして、
そのまま順調に行くはず……と思ったら、出雲大社のかなり手前から大渋滞!

「出雲の国譲り」で有名な「稲佐浜(いなさはま)」を、ノロノロ運転で、
ゆっくり車窓から眺められたのは良かったのですが……

閉門に間に合うかしら……と心配になってハラハラしたほどなので、
ようやくたどり着いた時は、感激でした!

出雲大社の奥の海辺にあるので、
ひっそりとしたたたずまいのお社(やしろ)を想像していました。

……と、思っていたら勘違いでした(大汗)

旧暦10月の出雲「神在月(かみありつき)」で、
日御碕(ひのみさき)神社の境内は、大変な賑わいです。

日本中の神々が出雲に集まって不在になることから、
「神無月(かんなづき)」といわれますが、
逆に出雲だけ神在月(かみありづき)です。

 

ご朱印に並ぶズラリと長い列!……これはもうムリと断念しました。

土曜日の夕刻の参拝など、甘かったです(大泣)

『出雲国風土記』美佐伎(みさき)の社(やしろ)

『延喜式』「神名帳(じんみょうちょう)の「御埼(みさき)神社」とされます。

さらにそれよりも100年古く『出雲国風土記』にも書かれている神社です。

 

『風土記』は、713年、第43代元明天皇の命によって編纂された各国ごとの地誌で、
地名の由来、産物、地形、伝承などを記しています。

現存するのは常陸、出雲、播磨、豊後、肥前の5国で、
その他の国は逸文(他の書物に引用された文章などを集めたもの)になっています。

『出雲国風土記』は完本として残っています。

他の『風土記』にない大きな特色として、各郡ごとの神社のリストが記されて、
400近い神社が知られます。

 

日御碕(ひのみさき)神社については、出雲の郡(こおり)の段に、
「美佐岐(みさき)の社(やしろ)」と書かれています。

鎮座地背後に広がる山並みについて、

出雲の御埼(みさき)山。
郡家(こおりのみやけ
=国の下の組織の郡司の役所)西北(いぬい)のかた・……西の下(ふもと)にいわゆる天(あめ)の下造らしし大神の社(やしろ=ここでは出雲大社)坐(いま)す。

 

社地の「御前(みさき)の浜」について、

百姓(おおみたから)の家あり。一百二十歩(あし)なり……
鮑(あわび)は出雲の郡(こおり)、もっとも優(まさ)れり
捕(と)る者は、いわゆる御埼(みさき)の海子(あま)、これなり

の記事があります。

ここでの岬(みさき)は、日御碕(ひのみさき)のことで、
美佐伎、御前、御埼などの文字があてられています。

 

元明天皇から「郡郷の名称は好ましい文字を用いるように」とのお言葉がありました。

日御碕神社に「美佐伎の社」の文字であるのは、神社ということで、
とくに気を遣って選んだ文字とみられます。

大国主命を祭る出雲大社のある境域の西端に位置し、
鮑(あわび)などの海産物が有名であった地域のお社(やしろ)です。

「日沈宮」と「神の宮」

神社の由緒を記した掲示板です。

日沈宮の遠源は、神代の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子神
天葺根命(あまのふきねのみこと)〔又は天冬衣命と申す。宮司家の遠祖〕、

現社地にほどちかい経島(ふみしま)に天照大神のご神託を受け祭り給うと伝えられる。

又 「日出(ひいず)る伊勢国五十鈴(いすず)川の川上の伊勢大神宮を鎮め祭り日の本の昼を守り、
出雲国清江の浜に日沈宮を建て、日御碕大神宮として称して日の本の夜を護(まも)らむ」

天平七年乙亥の勅に輝く日大神のご霊廟が仰がれるごとく、
古来日御碕は夕陽を餞(はなむ)け鎮める霊域とされ、

また素戔嗚尊は出雲の国土開発を始めれた大神と称えられ、
日御碕の「隠ヶ丘」は 素尊(すさのおのみこと)の神魂の鎮まった霊地と崇められた。


日沈宮

「神の宮」素尊(すさのおのみこと)の神魂鎮まる日本総本宮として
「日沈宮」とともに 出雲国の大霊験所として皇室を始め
普(あまね)く天下の尊崇を受け現在に至っている。

然(しこう)して そのご神徳は天照大神の「和魂(にぎみたま)」
素戔嗚尊の「奇魂(くしみたま)」の霊威を戴き、

「国家鎮護」「厄除開運」「交通航海の安全」「良縁・夫婦円満・安産」
「家業繁盛」の守護神として 御霊験あらたである。


神の宮

現在の社殿は 徳川三代家光公の幕命による建立にして、
西日本に例のない総「権現造(ごんげんづくり)」である。 

両社殿とも内陣の壁画装飾は 極彩色で華麗にして荘厳の至りである。

社殿の殆(ほとん)ど、及び石造建造物は 国家重要文化財である。

例大祭  八月七日
神幸祭(夕日の祭) 八月七日夕刻 

(よみがな・太字:古代史日和) 

 

もともと夕陽を遥拝する地に、素戔嗚嗚(すさのおのみこと)を祭り、
さらに天照大神をお祭りし、後の時代の為政者に崇拝され、栄えていったとみられます。

大祭のある八月七日は、旧暦で七夕(たなばた)です。

有名な仙台の七夕祭りもこの日です。

神話では、天照大神と素戔嗚尊からは、三男五女がお生まれになり、
その素戔嗚尊の乱暴狼藉を怒り、天照大神は岩戸にお隠れになり、
素戔嗚尊は、出雲に下っています。

お二人の男神さま女神さまが、お会いになるのでしょうか。

ますますロマンをかきたてられませんか。

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