八坂瓊勾玉を作った玉祖命を祭る玉祖(たまのおや)神社【1】

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こんにちは!yurinです。

平成時代も残すところ3か月。

天皇の代替わりに必ず継承されるのが三種の神器、すなわち八咫鏡(やたのかがみ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)・八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)です。

その三種の神器の一つ、八坂瓊(やさかに)の勾玉を製作したのが玉祖命(たまのおやのみこと)です。

 

山口県防府(ほうふ)市にある周防(すおう)国一の宮、玉祖(たまのおや)神社に祭られます。

玉祖命(たまのおやのみこと)のお墓だという「玉の岩屋」があります。

昨年、念願の参拝がかなって感動しました!

天の岩戸神話に登場する「常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)」を想起する、天然記念物の「黒柏鶏(くろかしわけい)」も、境内で飼育されています!

黒光りする羽色に深紅のとさかに映えて、実に気高く麗しい鶏です。

……コケコッコ~~~~~~~~~~~(10秒近く)の長~い美声が見事でした(大拍手)!

天皇であることの証(あか)しとなる三種の神器

各地の神社の由緒を知ると、実に思いがけないことに出会います。

山口県防府市玉祖(たまのおや)神社の由緒を知ったときは、ビックリ仰天!

なんとこの神社の祭神の玉祖命(たまのおやみこと)は、三種の神器の一つの「八坂瓊(やさかに)の勾玉」を作った!というのですから。

驚きました~~(^0^)!

 

全国の玉作神社の総本社です。

大阪府八尾市の玉祖(たまのおや)神社も、この神社から分祀されたそうです。

いつどこからきたのか?

その由緒が論じられる「三種の神器」……

難しく考えることはなく、おおよそ『古事記』『日本書紀』に書かれている通りで良いのではないでしょうか。

 

日本神話は、天皇の代替わりごとに継承される「三種の神器の由緒を伝えた書」という見方もできそうです。

これらの宝物の由緒については、古今さまざまに論じられますが、これらの宝物を持つことが、まさしく天皇であることの証(あか)しです。

古代において天皇という権力者の継承は、何かと難しいことがでてきたと推測されます。

 

それぞれ皇統の系譜の別々の人物が、自分は天皇である、と名乗りをあげたとしたら、家臣も下々のものも判定するのは困難であったでしょう。

 

……ですが「三種の神器を持っている人こそ天皇」といえば、ただ一人に確定できます。

それによって周囲の人々も、たちどころに納得できますね^^

 

中世の始まり源平の争乱期に、幼い安徳天皇を奉じ、さらに宮中から三種の神器を持ち出し西国へ落ち延びたのが平家一門でした。

なんとか三種の神器を取り戻そうとする必死の源氏の武将たち。

氏族間の争乱というだけでなく、まさしく三種の神器を巡り、死闘が繰り広げられたのです。

天の岩戸に捧げられ、天孫降臨の時に授けられた八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)

『延喜式神名帳』に記載される玉祖神社(山口県防府市大崎)の祭神は玉祖命で、玉造連(たまづくりのむらじ)の祖神とされます。

『古事記』『日本書紀』の神話で天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)を造った神とされます。

別名を櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)、羽明玉命(はあかるたまのみこと、豊玉命(とよたまのみこと)、玉屋命(たまのやのみこと)ともいわれます。

 

『日本書紀』では、天安河(あまのやすのかわ)の誓約(うけい)の時、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が天照大神に献上した八坂瓊(やさかに)の勾玉も造ったとあります。

たくさんのお名前が伝わっているのは、大国主命(おおくにぬしのみこと)のように大きな仕事を成し遂げた大人物であった証(あか)しなのでしょう。

 

『古事記』『日本書紀』では、天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が天孫降臨する時に、三種の神器は授けられました。

さらに玉祖命は、五伴緒神(いつとものおのかみ)の一柱として供奉したとあります。

そして玉祖神社の社伝では、後に大崎地方に派遣されて、中国地方を平定したとされます。

 

その後、この地で没して葬られた場所が「玉の岩屋」です。

その神霊をお祭りしたのが、玉祖神社の起源で、以後玉作連(たまづくりのむらじ)の玉祖氏が祭祀を司ってきました。

奈良時代の天平10年(七讃八)の周防国正税帳に「禰宜(ねぎ=神主)玉作部五百背(たまつくりべいわせ)」の名が見えます。

 

平安時代の『今昔物語』(巻17)にも「宮司玉祖惟高(たまのやこれたか)」が見られることから、相当に古い由緒の氏族と考えられます。

椹野(ふしの)川を渡る

山陽新幹線を新山口駅で降り、レンタカーで玉祖神社へ向かいました。

駅を出るとすぐ椹野(ふしの)川を渡ります。

「椹野(ふしの)」の地名に思いをふかくします。

こんな難しい地名が読めたのも『先代旧事本紀』と苦闘したおかげでした^^

 

巻3「天神本紀」では、饒速日尊(にぎはやひのみこと)とともに下った神々の中に、天椹野命(あめのくののみこと)という神がおられたのです。

「中跡(なかと)の直(あたい)の先祖」とあります。

 

三重県鈴鹿市一ノ宮町の旧名に「中跡(なかと)郷」があり、奈加等(なかと)神社の祭神であるとわかったのですが、「椹野(くの)」の文字から気になることが出てきました。

それは「椹野(くの)」と書いて、「椹野(ふしの)」とも読み、山口県山口市を流れる河川があることことに気づいたからです。

 

文字のない時代の伝承の人名や地名を伝えて、文字が流入した後に書き付けると、後の時代に音読みや訓読みが入れ替わったりすることがしばしがあります。

「椹野」は難しい文字に入るので、「くの」と「ふしの」は全く別々の発音ですが、同じ文字が使われていて、何か関係がありそうな気がして気になっていました……(汗)

 

その「椹野(ふしの)川」を渡る時に掲示板に気づき、こういう川沿いもゆっくり散歩してみたいと思いながら、時間に追われて通り過ぎるのが本当にもったない気持ちでした……

玉祖命と八坂瓊勾玉の由緒を記す掲示板

車で15分も走ると「玉祖(たまのおや)小学校」がありました!

玉祖(たまのおや) 玉の心 和の心 夢に向かって明るくたくましく生き抜く力を持つ 玉祖(たまのおや)っこ

()は古代史日和

の横断幕が掲げられています。

玉祖(たまのおや)の地名と神社は、見事に地元に溶け込んで、厚い崇敬を受けてきたのが理解できます。

 

たおやかな山並みと水田の集落の風景の中に、念願の玉祖(たまのおや)神社は、ありました。

社前の掲示板には次のようにあります。

周防国一ノ宮として由緒深く、御祭神は三種の神器の一つである八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を造られた玉祖命(たまのおやのみこと)であります。

玉祖命は五伴緒神(いつとものおのかみ)の一柱として中国地方を治められ、ここ大崎の地で歿(ぼっ)せられたと云われています。  

神社の創建はあまりにも古く定かでありませんが、景行天皇十二年西征にあたって、戦勝祈願のため宝剣を奉納されたものが今も御神宝として伝わっております。

(中略)

防府市 防府市観光協会

太字:古代史日和

 

掲示板には、まさしく三種の神器を造った玉祖命と八坂瓊勾玉の由緒が記されています。

この地を治めた大内氏や毛利氏が寄進した重要文化財の宝物、国指定天然記念物になっている「日本鶏 黒柏(くろかしわ)」のことも記されていました。

 

手入れが行き届きこじんまりとした境内、社殿には品格が漂います。

勾玉をかたどったご紋が印象的です。

これほどの由緒をもつ神社ですから、よほど宣伝してもおかしくないですし、もし首都圏にあったら、どれほどの人々が参拝に押し寄せるかと思うほど。

 

……ですが、ここへの道筋でも、神社の周囲にも派手な宣伝はいっさいなく、静寂な雰囲気を保持した境内は、凛(りん)とした気品を感じさせます。

 

神職の方とお話しさせていただき、そのお人柄からきているものかもしれない、とお言葉の一つ一つが心に染み入ってきました。

 

なるほど、これほどの由緒であるからこそ、ますます謙虚に自制しておられると拝察しました。

その静かな雰囲気になんとも気品を感じました。

つづく

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