天照大神の御子を祭る英彦山(ひこさん)【1】筑紫の山の王者のつづきです。
4.筑紫の国の自然とともに祭られる天孫
『新撰姓氏録』(815年)では、天照大神から神武天皇までの間の神々を「天孫」として記します。
天照大神の一族として、特に重んじられました。
天照大神の父母は、伊奘諾尊(いざなきのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)です。
伊奘諾尊(いざなきのみこと)から、神武天皇までの「天孫(てんそん)」といわれる神々を祭ることが、特に目立つのが、筑紫の山河・海などの自然なのです。
畿内大和をはじめ、他の地域では見られない状況は、驚くほどです。
大和では、三輪山に大国主命、二上山に大津皇子、多武峰に藤原鎌足……ですから。
特に天照大神の第一子ですのに、天忍穂耳命(あまのおしほみみのみこと)を、このように地域を象徴する大自然とともに祭るのはめったにないようです。
日本神話の神々は、おおよそ、自然神→剣・玉などの神器→人格神→皇族神、の順番で現れます。
↓ | 自然神 |
↓ | 神器(剣・玉) |
↓ | 人格神 |
↓ | 皇族神 |
筑紫の国を象徴する自然とともに、お祭りされる人格神の「天孫」です。
この時代の後に、『古事記』『日本書紀』の四道将軍・景行天皇・日本武尊・神功皇后という古代の英雄たちが、日本列島の各地の神社に、それぞれの伝承とともに祭られるのです。
「ひこ」は天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)、神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと=神武天皇)の名称に入る「ひこ」で、皇統を継承した人々に由緒ある名称です。
5.神の遣いの鹿と出会う
英彦山神宮の御朱印帳は、珍しい鹿の柄で、大切な方へのお土産に入手しました。
スロープカーから一緒に下りた人たちも、いつしか四方へ去って、気づくと神社の関係者しか人影はなくなっています。
これだけ人影がないと、さらに山上を目指すのはあきらめました(汗)。
奉幣殿から遥拝できて大満足ですし。
神社の神職の方に、この山に降臨したという宗像三女神と大国主命の伝承について、お伺いしました。
翌年の鳥取市のシンポジウムで、宗像三女神の田心姫について講演する予定があったので、それについて、英彦山で確認しておきたいこともあったのです。
日本神話を蘇生させてくれる、大自然の中で神話を学べる、スバラシイ環境でした。
帰途に、スロープカーに乗る人影も見当たりません。
延々と続く長い参道が真っ直ぐに下っています。
ここは1人でも大丈夫と思い、下っていくことにしました。
参道のわきには、神仏混合時代に築かれた山坊がいくつもあります。
今も人が住んでいるようには見えますが、まったく人に出会いませんでした。
さすがに心細くもなりましたが、鮮やかな赤や黄色の紅葉と青空に勇気づけられます。
……ようやく長い階段を下って、バス停までたどりつきました!
本当にバスは、来るかしら?来なかったら、とにかく、少し下れば民家もあったような………
その時、落ち葉を踏みしめる音がしました!
道路の反対側に目を向けると、立派な角の生えた牡鹿が現れたのです!
一瞬目が合って、驚いたのは、鹿も同じでした。
もちろん、フォトを撮っている余裕はなかったです(大汗)
キャンキャン?という、初めて聞く耳慣れない鹿の鳴き声が聞こえて、くるりと方向転換して、再び森の中へ入ってしまいました。
落ち葉を踏みしめる音からは、確かに複数の鹿の足音がしたのです……
あのご朱印帳の御利益でしょうか(微笑)
鹿は神の遣い……日の神の御子(みこ)のお山、英彦山(ひこさん)参拝のクライマックスに、風格ある牡鹿との出会いを、この上もなく感謝しました。
奥山に 紅葉(もみじ)踏みわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は哀しき
『古今集』猿丸大夫 百人一首より