越の国の旅【9】「ぬなかわ」はヒスイの川の意味

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越の国の旅【8】ヒスイと機織りの女神 奴奈川姫が生まれた地のつづきです。

縄文時代からの玉作り遺跡のある糸魚川(いといがわ)市

能生町から西へ、糸魚川の市街に入ってきます。

新幹線が開通する以前は、長野県から糸魚川に入るには、北アルプスの山麓を通るJR大糸線か、国道148号線を通り、白馬村方面から姫川添いを北上してものでした。大変に時間のかかる難所もあったのです。

 

それが北陸新幹線の開通によって、上野から2時間余りで到達できるようになったのです。

心理的距離間も、大幅に短縮されました!憧れの糸魚川市は手の届く近さになっています。

 

何十年も前に、糸魚川市に縄文時代以来のヒスイの玉作りの遺跡や集落があると知って、本当に驚きました。

諏訪大社の「御柱(おんばしら)」と同じような巨木痕も出土しています。

 

「ぬなかわ」は”ヌの川”です。

「ヌ」や「ニ」は「玉(瓊)」の意味で、特別に美しく霊力ある「ヒスイ」を指す場合が多いようです。

すなわち「ぬなかわ」は「美しい玉の川」「ヒスイの川」の意味です。

 

日本神話の始まりに、天つ神から、伊奘諾尊(いざなきのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)に、賜った神宝は「天の瓊戈(ぬぼこ)」、つまりヒスイの玉飾りのつた鉾、あるいはヒスイと矛であったのです。

その名称にふさわしく、姫川下流域の糸魚川市には、縄文時代から古墳時代までの連綿と玉作りの工房の集落の遺跡が判明しています。

 

縄文時代の長者原遺跡、寺地遺跡、大角地遺跡。

弥生時代の後生山遺跡、古墳時代の田伏遺跡では、玉作りだけでなく、砂鉄のタタラ精錬遺跡もあります。

 

古墳時代の姫御前(ひめごぜん)遺跡、笛吹田(ふえふきだ)遺跡という美しい名称の遺跡もあり、畿内の大王クラスの古墳からしか出土しない琴柱型(ことじがた)石製品が出土しています。

 

……とにもかくにも、このいにしえの「ぬなかわの国」である、糸魚川市の遺跡からは、縄文時代の前期から古墳時代まで、連綿と玉作りを継承してきた人々の生活を知り得るのです。

 

のみならず神社の神道祭祀においても、一の宮の天津神社のけんか祭りと稚児舞楽能生白山神社の舞楽、根知山寺の延年の舞など、3つも国の重要無形文化財に指定されています。

 

「神遊びの里」とは、土田先生のお名づけになった賛辞です。

畿内大和からはるばる離れた地方ながら、「神ぬなかわ」と、「神」を冠して天皇のお名前に残されるほどの最強のパワースポットになっています(大拍手)

 

糸魚川市内に入り、お昼にお蕎麦屋さんに入りました。

何気なく飾られた、ヒスイ製品の陳列が目を引きます。

今もなお「玉作りのヌナカワ」の命脈は、継承されています!

 

天ぷらそばをいただきました。

「細麺できめが細かくて、ここのおそばすきなんだよね」と、おっしゃっていたとおり、細くてつるりとした感触のあるおそばでした、

とにかく、海の幸はもちろん、糸魚川は食生活が豊かです。

お酒も美味しい。「ないものはない!」と、土田先生。

「新幹線も止めてください、って言わなくても、停車してくれたしね」(笑)

 

昨日、牧村で日香浬先生も「お気に入りのおそば屋さんがある」と、おしゃっていました。

越後のおそばが、こんなに美味しいとは知りませんでした。

前回来たときに、海山の菜をトッピングした「ヒスイそば」に感動しましたが、本当のおそばも美味しくて、またすぐにでも食べに行きたいです。

つづく

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